メディアグランプリ

街中で出会った家族に、勝手に思いを馳せる今日この頃。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:なしの花(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
「ねえ、私やっぱり納得できない」
女性の口から低く発せられたその一言が、始まりの合図だった。
 
先日、神楽坂にあるパスタの専門店に行った。
友人がおいしいとオススメしてくれたお店で、ずっと気になっていたのだ。そんなお店についに来られたことが嬉しくて、ウキウキ気分が止まらなかった。
 
友人曰く、「人気店だからかなり並ぶよ。オープンちょっと前に到着するのが理想!」らしい。その助言に従って、オープンの10分前には到着。すでに待っていた男性三人組の後ろにそっと滑り込んだ。お腹も空いているし、身も心も準備は万端だ。
 
しばらく待っていると、1歳くらいの女の子を抱っこしたお父さんと、ベビーカーを押しているお母さんが後ろに並んだ。二人とも30代前半くらいだろうか。
 
(休日に子どもを連れてパスタ専門店かあ。そういうのオシャレでいいなあ)
 
そんなことをぼんやり考えながら、持ってきた小説を鞄から取り出したときだった。
 
「ねえ、私やっぱり納得できない」
 
不満げに漏れた言葉で、私の後ろの空気が硬くなった。
 
「またその話? もう何回も謝ったじゃん」
「そうだけど……。でもさ、今日は11時に家を出るって約束だったじゃん。でもあなたが起きたのは11時過ぎで、出発が遅れてさ……」
「だからそれは仕方ないじゃん。昨日23時まで仕事だったんだから。俺だって疲れてたんだよ」
 
ん? なんだなんだ? 夫婦喧嘩か? いやしかし、こんな洒落た店先の路上で? もうすぐ開店するのに? 思わず二人の会話に意識を持っていかれてしまう。
 
「遅くまで頑張ってくれて、それはありがたいと思ってるよ。感謝してる。でも約束は守るもんじゃん」
「だから疲れてて起きられなかったんだって。そんなに責めないでよ」
「責めるって何? 悪いって思ってないってこと?」
「違うって。君のジェットコースターみたいな気分のムラについて行けないんだよ。あんな怖い顔してヒステリックに起こされてビックリした。もうちょっと冷静になってよ」
 
般若みたいな顔をした妻に起こされる朝とは、一体どんなものだろう。
後ろに立っている二人の表情は分からないが、二人とも不満げな顔をしているであろうことは容易に想像できた。一応小説を開いてはいるものの、1ページも進んでいない。
 
「私が悪いっていうの?」
「君のそういうところが会話にならないんだよ」
「あなたこそいつも私の話聞いてないじゃない」
「聞いてるじゃん!」
「聞いてないよ!」
 
あー、ヤバイヤバイ。ヒートアップしてきた。内心ドキドキしながら読んでもいないページをめくる。
 
「君だってそうやってすぐ感情的になるじゃん! 全部俺が悪いですって言えば気が済むわけ!?」
「そうだよ! 私の話は黙って聞けよ!」
「ほんっと会話にならないよ。全部俺が悪かったです。これで満足?」
「何その言い方!」
「君がそうしろって言ったんだろ!」
 
お二人とも、子どもが聞いてるからそろそろやめてあげて……。
そう思ったとき、お店の中から店員さんが現れて開店を知らせてくれた。後ろの殺伐とした空気と、「どうぞー」という間延びした調子がなんとも不釣り合いだ。
 
これで一旦休戦だろうとホッとしたが、お店を出るまで二人は目を合わせることはおろか、一言も口をきかなかった。せっかくのおいしいパスタも台無しだ。
 
叩き起こされた旦那さんも可哀想だと思ったが、奥さんの気持ちを想像するとこちらまで苦しくるような気がした。
 
旦那さんは奥さんの言葉に対して即座に、「でも」とか「だから」とか反論から入っていた。女性のコミュニケーションは“共感型”だと言われている。もしも普段の会話からこんな感じなのであれば、“共感を得られない=この人は私の話を聞いてくれていない”という不満を膨らませていただろう。それが今日、爆発した。
 
奥さんはきっと、“家族で出かける今日この日”をとても楽しみにしていたのだろうと思う。一日中小さい我が子に気を配り、ご飯を作り、洗濯をして、掃除をして、その合間に名も無い家事にも追われる。
 
もしこの奥さんが一人で全てをこなしていたら、自分の時間なんて無いかもしれない。育児は24時間年中無休だ。不測の事態も起こりうる。一人目の子どもだと不安になることもあるだろう。朝早くから夜遅くまで仕事をしている旦那さんと、ゆっくり会話する時間もあまり無いのかもしれない。
 
そんな奥さんにとって“パスタを食べに行くこと”が、そんな怒濤の日々の中での束の間の休息であり、楽しみだったのだとしたら……。
 
「ごめんね、せっかく楽しみにしてたのに起きられなくて」
 
せめてそんな一言があれば、奥さんの気持ちも少しは和らいだのでは無いかと思う。
 
よその家庭のことに口出しするつもりは毛頭無いが、頑張っている奥さんにもっと共感をしてあげてほしいと勝手に願ってしまった。娘さんのためにも。
 
今はまだ小さくて、喧嘩しても分からないだろうと思うかもしれない。しかし大人が思うよりもずっと、子どもは色んなものを見て感じている。
 
私も子どもの頃に、両親が喧嘩をしているところを何度か見たことがある。苛立ちを含んだ声はトゲが生えているみたいで、自分に向けられているわけでは無いのに、楽しい気持ちはしぼんで、とても悲しくなったものだ。
 
女性の“共感型”に対して、男性のコミュニケーションは“問題解決型”らしい。そのため、共感を求めて発した女性の言葉に、アドバイスを返しがちなのだそうだ。アドバイスをする前にワンクッション、“あなたの気持ちを受け止めていますよ”と分かる一言を入れるだけで、喧嘩になる率はグッと減ると聞いたことがある。
 
とはいえ、夫婦喧嘩は犬も食わないと言う。私は勝手にハラハラしてしまったが、あの夫婦もおいしいパスタでお腹が満たされて、お店を出た後には意外とすぐに仲直りしたかもしれない。見ず知らずの家族だが、家族の時間を笑顔多めに過ごしていってほしいと、これまた勝手に願っている。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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