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メディアグランプリ

精進料理@ベルリン


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記事:大河内二郎(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
2年ほど前、ベアント君の京都一条寺にある住まいを訪れた。間口こそ狭いが、廊下の先には小さな中庭があり、そこから階段を上ると2階に梁がむき出しになった古民家風の居間に大きなダイニングテーブルがあった。さらに奥のキッチンではベアント君はゆっくりと食事の準備をしていた。ベアント君が作るのは精進料理である。
 
その日の昼食は3種類の山菜茶に始まり、次は人参を青菜で包んだ一品が唐津焼に盛り付けられて来た。その後は黒の漆椀に田芋と自然薯だ。
 
「今朝採ってきた田芋です。こっちは近くのおばあちゃんが作っている大根、ベアントが畑の手入れをして、その代わりにもらってくるの」と光江さんが出来た料理を写真に撮りながら教えてくれた。彼のパートナーの光江さんはカメラマンである。
 
ワラビが来た。きゅうり、蕗、昆布、ゴーヤ、筍、セロリ、ナス、万願寺、レンコン、赤こんにゃく、豆ごはん、最後は芋ようかん、みかんゼリーのデザートまで。色とりどりの15皿がゆっくり続いた。素材を生かした盛り付けは力強く美しい。さらに器の組み合わせが楽しい。
 
そして何よりも美味しい。精進料理だから肉は使わないが、だし、みりん、酒などが素材の力を丁寧に引き出しているようだ。
 
ベアント君は旧東ドイツ、ロストックの出身である。ベルリンの壁崩壊の前、18歳の彼は無一文でハンガリーに行き、そこから西ベルリンに亡命。さらに広島で被爆したドイツ人神父が日本の禅を広めていたのに出会ったのが日本に興味を持ったきっかけだったという。
 
禅を通して日本の陶磁器に興味を持ったベアント君は24歳の時に来日。まずは瀬戸で焼きもの修行をし、次は唐津焼の工房へ。ここで職人達の料理を手伝ううちに、焼き物だけでなく、その上に載る日本料理に興味を持ったそうだ。さらに工房に訪ねてきた湯布院の亀の井別荘の中谷健太郎氏に出会い、湯布院に移住し料理修行を始めた。私が彼に初めて会ったのはその頃、福岡の私の両親の家に何かの縁で遊びに来ていた。私の母がドイツ人なので、彼にとっても我が家は居心地が良かったらしい。
 
当時からベアント君と時々一緒に食事をした。その頃から彼はお椀の持ち方、箸の持ち方が綺麗だった。そして食べた後には米粒ひとつ残さなかった。自分のがさつさと比べてしまい、彼の美しい所作に嫉妬した。
 
それから30年近くが過ぎた。ベアント君は京都に移住、私も奈良に住んでおり、再び交流が始まった。そんな風で彼の家に誘われたのであった。
 
「この30年何してたの?」
「ニューヨークやベルリンの画廊で、モダンアートを扱っていたよ。」「それでも毎年京都に来て、京都の禅寺の庫裏や、精進料理のお店で料理の勉強をしたんだ。そしてベルリンで精進料理を紹介するプロジェクトをやっていた」
 
「こんなのが作れるのに、お店をやろうとは思わないの?」
「それが、思わないんだよねえ。お店をやったら、時間やメニューに縛られるから。ちょうどよいタイミングで、ちょうどよい献立を、その時々のやり方で出す方が性に合ってるみたい。今日みたいな感じで」
「食材に費用もかかるでしょう?」
「なんとかなるよ、今日の献立だって山で摘んでくるか、貰ってくるから買うのは少しだけ」
この後も30年の空白を埋める会話が尽きなかった。
 
さらに2年が過ぎた。ここからは最近の話である。
ベアント君から光江さんと結婚したという筆書きの手紙が送られてきた。光江さんとベルリンに行くはずだったけど、コロナウイルスの影響で日本に残り、さらに石川県の旅館の経営者との出会いがきっかけで能登に移住したらしい。
 
しばらくして、ベアント君と光江さんが奈良に用事があるというメールを貰った。私は、うちに泊まっていけばいいと気軽に返事した。
 
そしてベアント君と光江さんが、野菜が沢山入った段ボールを抱えて我が家にやってきた。前菜と烏賊のパスタを作ってくれるという。私はイタリアのワインを3本、チーズを数種類準備した。
 
ベアント君と光江さんとの話は沢山の花が咲いた。
「アーティスト・イン・レジデンス、つまりしばらく住み込みで作品を作るアーティストみたいに、しばらくは能登で、シェフ・イン・レジデンスをやってみようと思うよ。ちょうど今新しいキッチンを作っているところ」
「そんな気持ちのいいスポンサーが日本にもいるんだね」
まるでメディチ家とミケランジェロみたい。そこでシスティナ礼拝堂のような精進料理を作るんだろうな。
 
翌日も夫妻は、日中の用事を済ませて我が家にもう一泊した。彼はまた野菜をどこからか手に入れてきてサラダを作り、私は家にあったマトンで炒め物を作った。
 
彼が作る料理はいつも美味しい。そして盛り付けの楽しさ、繊細さ、力強さがある。
ベアントと光江さんは、ベジタリアンではなく肉も食べる。だから私のマトンも食べてくれた。彼の一品に比べると私の料理はガサツさが目立ったが嫉妬することはやめにした。
 
来年の春、野菜や山菜が豊富な季節に能登に行けたらいいな。シェフ・イン・レジデンスがいる別荘に泊めてくれるだろうか。
 
 
 
 
***
 
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2021-10-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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