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お義父さんの危険な一人旅は、まるで駆け落ちのようだった


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:高井不二生(ライティング・ライブ大阪会場)
 
 
「なんか、ただ生きているだけやなぁと感じるよ。死ぬのを待っているみたいや」
お義父さんは、そう寂しげにポツリと言った。
以前、お盆に家内の実家に行って、食卓を囲んでいた時のことだった。
「まだまだ楽しいことありますよ。孫の成長も見守って下さいね」
僕の言葉に優しい笑顔で頷いてくれたけど、後にお義父さんがあんな行動を起こすなんて、その時は誰も夢にも思っていなかった。
 
結婚を決めて、家内の実家を訪問する段取りを話していた時、
「うちの父さん、がんこ寿司のおやじみたいよ」
と言われた。
「がんこ寿司のおやじ?」
「そうなの。あの看板の顔にそっくりなんよ」
「へええ……」
ちょっとビビった顔をすると、
「でも、大丈夫。早く嫁に行けって、ずっとうるさかったから」
と家内は言った。
 
実際、「娘さんを下さい」という例の儀式の為に家内の実家を訪ねると、お義父さんは確かにがんこ寿司の看板のおやじに似ていた。
だけど、まるでお医者さんか学者のような、知的で物腰の柔らかい人だった。高校の数学教師だった人なので、それも頷ける。家内に言わせれば、上手く化けているらしかったが、僕にとってはずっとその印象のままだった。
 
それからすぐに息子が生まれ、十年ほど月日が流れた時、お義父さんを病が襲った。
脳溢血で倒れて、死線をさ迷ったのだ。
「覚悟しておいて下さい」
とまで医者に言われたけど、奇跡的になんとか一命をとりとめた。
意識が戻った後、歩くこともままならず、言動もおかしかったけれど、懸命のリハビリで徐々に元のお義父さんに戻っていった。その生命力に僕は感動していた。
 
しかし、退院して半年後、再び脳溢血で倒れて入院した。その時は軽症で済んだが、お義父さんはすっかり健康に自信を無くしたようだった。
ご夫婦で毎年行っていた海外旅行もしなくなり、大好きだった趣味の釣りも、道具をすべて釣り仲間に譲って断ってしまった。
 
それから身体の健康はだいぶ取り戻したものの、「ただ生きているだけ」という言葉を時々口にするようになっていた。今度倒れたら終わりかも知れないという恐怖にとらわれ、将来に希望が持てなくなっていたようだった。
 
そんなある日の夜、普段は穏やかな家内が、電話で興奮した口調で話すのが聞こえた。
「え~うそ~! なんでそんなことを!」
相手はお義母さんのようだった。
「そんなん危ないやん! いったい何考えているんやろ!」
声のトーンは上がったままだった。
 
家内が電話を切ったあと事情を聞くと、お義父さんが書置きを残して一人で旅に出たということだった。なんでも、お義母さんが趣味の油絵教室へ行っている隙に出て行ったらしい。どうも前から計画していたようだった。
 
行き先は和歌山港。目的はお義父さんが大好きだった海釣りだった。
後でわかったことだけど、釣り仲間にすべて譲ったはずの釣り道具は、最低限必要なものはこっそり隠し持っていたらしい。タクシーで難波まで行くと、そこから電車で和歌山へ。
お義父さんは危険な一人旅を決行したのだ。
 
なじみの旅館に一人泊まり、その夜はどんな食事をして、何を考えながら過ごしていたのだろうと、お義父さんに思いを馳せた。もちろん家族を心配させてはいけないという思いも強かったに違いないが、翌朝、船で海釣りに出ることを思うと、久々に生きている喜びを心から噛みしめていたのだろう。
 
心配している家内に、
「大丈夫、最近元気そうだったし、ちゃんと無事に帰ってくるよ」
と言いながら、心の深いところでは、お義父さんの思いがすごくわかる気がしていた。
そして、それを実行したお義父さんに、同じ男として共感すら感じていた。
 
(やりますね、お義父さん)
僕は、そう心の中で呟いていた。
 
翌日の夜、お義父さんは5匹の鯛の戦利品と一緒に帰ってきた。
お義母さんには平謝りしていたけど、最近見たことのないほど元気な笑顔だったらしい。
さっそく自分で鯛を捌き、家内はそのお裾分けを持って帰ってきた。
 
「これで変に自信を持ってしまって、また海釣りなんかへ行かれても困る」
というのが、大好きなお義父さんの健康を気遣う家内の思いだった。
 
そんな思いが通じたのか、何事もなく2年が経過した。
しかし、その年の健康診断で、お義父さんが末期のすい臓がんであることが判明した。
すい臓がんは、初期段階では無症状なことが多く、早期発見が難しいと言われている。
下された診断は、余命3ヵ月。あまりのことに家族が落ち込んだ。
 
ドイツに住む義姉の夫が、大学でがんの研究をしている人だったので、義姉と共に帰国してがん専門病院での相談に付き添ってくれた。しかし、発見があまりにも遅過ぎたというのが実際のところだった。
 
それでも諦めきれない家内は、兵庫県の播磨にある日本で唯一の粒子線治療が受けられるがん専門病院を探し出し、そこに最後の望みを託した。そして僕は、お義父さん、お義母さん、家内を車に乗せて高速道路を突っ走った。
 
秋晴れの気持ちのいい日で、久々に家族で小旅行をしているようだった。
阪神高速道路から山陽自動車道に入り、播磨ジャンクションで北へ上る。トンネルを抜けると、小動物飛び出し注意の看板が目に入った。その時、空気が変わった気がした。
 
病院でお義父さんが診察を受けている間、僕は一人、ロビーで待機した。
親子だけで話したいこともあるだろうと思ったから。
一時間くらいして、3人がロビーに現れた。
お義母さんは茫然とした表情で、家内は泣き崩れていた。
 
(やはり遅すぎたのだ)
 
そう感じた通り、粒子線を使って治療するには、まわりの臓器に支障をきたす程、がんが広がり過ぎていて危険、というのが医師の判断だった。
最後の希望を絶たれ、もうこれ以上どうすることもできない。そんな状況も、もちろん覚悟していたけれど、実際に直面すると辛かった。
 
「これまで生きてこられて十分だよ。いろいろありがとう」
 
お義父さんは、悲しみに固まった3人に向かって、気丈にそう言った。
僕は視線を高い天井へ向けて、涙をこらえた。
 
それからお義父さんは、余命3ヵ月どころか1年余りを生きて永眠された。
最後は自宅で過ごすことを希望し、1週間ほどしたある日、容体が急変して亡くなった。
まるで自分の死期を知っていたかのように。
 
今、お義父さんは生駒山麓にある美しい霊園に眠っている。そこからは大阪平野が見渡され、日本一高いビルのハルカスが、向こうの方のビル群の中に見える。
 
家族でそこへお墓参りをすると、澄みきった空気の中で、僕はいつもお義父さんのあの危険な一人旅を思い出す。まるで駆け落ちのように、お気に入りの釣り道具を手にして出た、あの旅を。
 
この先もし僕がお義父さんと同じような状況になったら、どんな駆け落ちをするだろう?
そんな思いを巡らせてみた。
 
その時は、黒い皮のカバーが付いたちょっと高級なノートをお供に、まだ訪れたことのない日本の名所を、一人で気ままに旅をするのもいいかも知れない。それまでの人生の思い出や、その旅の風景の中で出会った人や出来事を書き綴りながら。
 
なぜかオレンジ色の美しい夕日が、海へ沈むシーンが目に浮かんだ。
 
 
 
 
***
 
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2021-10-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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