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私がキックボクシングで手に入れたもの

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:齊藤ひろこ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「どうせパトロンいるんでしょ」
 
飲み会で隣に座った、大手広告代理店に勤めているらしい白くて痩せた男がニヤニヤしている。
 
今度はわざとらしく小声で言った。
 
「女は武器があっていいね」
 
初対面で「自分でネイルサロンをやっている」なんて言ってしまうと、こんな言葉をぶつけられる事はしょっちゅうだった。
 
「金持ちのおじさんに援助してもらったんだ?いいなぁ」
「キャバクラでバイトして、おっさん騙してたりして」
 
まだ若かった私は、その度にカッと頭に血がのぼり
 
「あんたなんて社畜じゃん。ちっぽけな会社の歯車のくせに!」
「年収いくら?どうせあたしの3分の1くらいだと思うけど」
 
なるべく会社員である彼らのプライドがズタボロになりそうな言葉を絞り出し、力いっぱい振り回して応戦したつもりでいた。
 
やり返さずにはいられなかった。
 
たとえ頭からビールをかけられたって「クソ女!」ってどつかれたって、黙っていたら負けだと思っていた。
でも帰り道でひとりになると、涙が止められなかった。
もちろんバカにされた悔しさもある。
 
でも、さらっと受け流せない、小さな自分が心底情けなかったのだ。
やり込めたつもりでも、全然そんなことは無い。
いつも自己嫌悪に陥り、それは積み重なっていった。
 
ある日、常連客のユカリさんに近くにできたキックボクシングのジムへ、体験レッスンに行ってみない?と誘われた。
 
けれどわたしはネイリストだ。
万が一、手に怪我でもしたら売り上げが立たなくなる。
じゃあ私は見学だけにしとく、とユカリさんについて行った。
 
キックボクシングだから、きっと小汚くて汗臭いのかな。
そんで目つきが怖い男子が黙々と縄跳びしてるんだろうな。
そう思いながら入ったビルの1室は、想像と全く違っていた。
 
真っ白な壁にカラフルな絵が飾られていて、流行りの洋楽が流れ、大きな観葉植物が置いてある。
ピカピカに磨いてある鏡の前では、スリムで綺麗な女の子達がにこやかにおしゃべりしていた。
天井からぶら下がっている黒いサンドバックがなければ、まるでヨガスタジオみたいだった。
 
わたしはつき添いだから、隅で見ているはずだった。
しかし「君もちょっとだけやってごらんよ」とプロレスラーみたいな、でっかい先生に見下ろされたら、びびって断れなくなった。
あれよあれよという間に真っ赤なグローブを装置させられ、カーンとゴングが鳴った。
 
先生が両手にはめた、分厚いパンケーキみたいなミットに拳をぶつける。
プロレス先生が上手にタイミングを合わせてくれるからか、バシン!バシン!と鋭くて大きな音が鳴り響く。
みるみる汗が噴き出て、背中を伝う。
汗で眉毛が消えたらやだな、あの綺麗な人たちもこれをやってるのかな、なんて考えていたら、急にスッと身体が羽みたいに軽くなった気がした。
 
なんだろう、心の奥にいつの間にか澱みたいにたまっていた、妬みとか嫉みみたいな汚い感情とか、自己嫌悪とか、不安とか、そんな重苦しい物が、ミットに拳が当たるたびに風船がパチンと弾けて消えて無くなってゆくような、なんとなくそんな感覚だった。
 
「もっと腕を伸ばして」
「当たったら息を吐いてみて」
「身体全部をぶつける気持ちで」
 
いつのまにか余計な考えが消え、言われるがままに夢中で打っていた。
汗が目に入ってツンとしみた時、カーンと終わりのゴングが鳴った。
 
たったの2分間だった。
息は切れるし腕もジンジン痛い。
なのにお腹の中がまるで空洞になったみたいに、カラッと軽くなっていた。
 
「体力あるねぇ、君は筋がいいよ」
 
プロレス先生に褒められ、すっかりその気になった私は「やめておく」というユカリさんを尻目に、いそいそと入会手続きをしていた。
 
この日をきっかけに、キックボクシングの練習に打ち込むようになり、後にはじめた空手と共に最も大切なライフワークになった。
 
練習はいつだって痛いし辛い。
行くのに勇気がいる。
けれど、始まったら途中で逃げることはできない。
 
自分でやると決めたから、絶対に最後までやりきるのだ。
全身の力を出し切って、ぶつけて、ぶつけられて、お腹を空っぽにする。
 
練習には歳も仕事も関係ない。
女だから、なんて誰も言わない。
 
だからやるフリも手加減もだめだ。
お互いが魂でぶつからないと、決断して覚悟を持たないと、ここにいる意味が無くなるのだ。
 
わたしは揺るがない心と身体を手に入れたかった。
それに、どうしたら強い人間になれるのかを知りたかったのだ。
 
心配していた怪我もなく、そろそろ拳も固くなってきた頃。
私はいろんなことがやり過ごせるようになっていた。
 
「どうせ、おじさんのパトロンがいるんでしょ〜」
 
飲み会でアホな男に絡まれたって、たいして腹も立たなくなったのだ。
 
「よかったら、あなたにもひとり紹介してあげるけど」
 
え!と驚くまぬけな顔をのんびり眺められる自分になれたのは、歳のせいもあるかもしれない。
でもきっと、お腹を空っぽにする場所があったからだと思っている。
 
 
 
 
***
 
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2021-10-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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