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ぼったくりタクシー運転手との闘い@ミラノ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高井不二生(ライティング・ライブ大阪会場)
 
 
ホテルのロビーでその男を見た時、僕は心の中で舌打ちをした。
「あの運転手はダメだ。他の人と代えてくれ」
配車係の男にそう英語で告げると、彼は首をゆっくりと横に振りながら、
「当ホテルでは信頼のおけるタクシーを手配しております。今日は地下鉄がストライキをやっておりますので、すぐに代わりを見つけることもできません」
という答えが返ってきた。
帰国する便が飛び立つのは、約2時間後。イタリア・ミラノのホテルから空港まで、車で1時間弱かかる。選択の余地はなさそうだった。
(くそ! ついてない! しかし、今度は騙されないぞ!)
僕は、長身のくせ毛の運転手に渋々スーツケースを手渡した。
 
イタリアのミラノ支社への出張は初めてではなかった。勝手はわかっているつもりだったが、帰国前日のフリータイムにホテルからミラノの繁華街へ出る時、タクシー代をぼられた。通常の倍は取られた。
「ちょっと高くないか?」
「道が混んでいたから回り道をした。そこも混んでいて時間もかかったから仕方ないよ」
細面でブロンドのくせ毛が耳にかかった男は、にやけてそう言った。
「メーター倒れてないぞ」
「今日は祭日だからさ」
ミラノへは年2~3回くらい来て、いつも同じホテルに泊まっている。だからミラノの街へ出る時のタクシー代は、だいたいわかっていた。道順まではさすがに覚えてないが、その時も所要時間はいつもと同じ10分程度だった。だから、その説明には納得がいかなかったが、これ以上言い争うのも面倒になった。彼の英語も巻き舌で、訛っていて聞き取りにくいし。
 
帰国の時に呼んだタクシーが、またブロンドのくせ毛のあの運転手だった。
昨日の不愉快な記憶が蘇った。
「チャオ、また会ったね」
男が僕を見つけて陽気に声をかけてきた。
「マルペンサ空港まで」
僕はビジネスライクにそう言うと、スーツケースを積ませてタクシーに乗り込んだ。
 
そのホテルから空港までのタクシー代は、いつも約90ユーロ、1万円を少し越えるくらいだ。これを倍とか請求されると、会社での出張精算がやりにくい。
もちろん、払う気もないがトラブルはご免だ。
そんなことを考えながら前の運転席を見ると、メーターが倒れていない。
「おい、どうしてメーターを倒さない!」
僕は最初が肝心と、声を荒げてそう言った。
「おや、忘れていたよ」
さすがに今日も祭日とは言えないようだった。そして、
「あなた、よくミラノ来るのか?」
と探りを入れてくる。
相変わらず巻き舌の分かりにくい英語だったが、少し英語が話せるだけでもましだ。日本でも、英語が話せる運転手があまりいないのと同じように。
「そうだな。月1回ぐらいのペースで来るよ」
わざと誇張した。なめられてはいけない。
「おお、そうなんだ」
運転手は、少し静かになった。
 
窓から外を見ると、大聖堂ドゥオーモの前を走っていた。昨夜訪れた時の、ライトアップされた美しい姿を思い出した。
とその時、
「キャハハハハハ~!」
と大声で笑う子供の声が車内に響いた。
何事かとビックリしたが、それは運転手の携帯の着信音だった。男は電話に出ると、イタリア語で陽気に喋り始めた。
(おいおい、いいのかよ、運転しながら携帯で話すなんて)
僕はまた不安を感じ始めていた。
 
その後、住宅街を抜け高速道路に入った。
「日本に帰るのか?」
「ああ、そうだよ」
そう言って、フライトの時間を告げた。
「間に合うよな?」
「たぶん。でも今日は地下鉄がストライキやっているから、いつもより混んでいるぜ」
確かに市街地を抜ける時、普段より車が多い印象だった。
「高速で飛ばしてくれ」
「もちろんさ。でもあんまり無茶言わないでくれよ」
誠意のない言い方だった。最初にメーターを倒せと強く言ったところから、昨日と違って機嫌がよくなさそうだ。
 
高速道路に入って暫く走ると、タクシーのスピードが急に落ちてきた。
そして、徐々に減速しながらやがて止まった。
「どうしたんだ?」
「見ての通り、前が詰まっている」
「なんだって!」
僕は焦ったが、よく見ると4車線ある道路のうち、右の2車線は詰っているが、左の2車線は順調に動いていた。
「なんで左を走らない?」
そう聞くと、運転手は巻き舌でまくしたてた。英語ではなく、明らかにイタリア語だ。何を言っているのか分からない。と言うより、分かるように説明するつもりがないらしい。
(こいつ、ここで時間を稼いで料金を引き上げるつもりか?)
そんな疑いと怒りがこみ上げてきた。このままでは帰国する便に間に合うのかも微妙だ。
右車線の渋滞がいつまで続くか読めない。左車線を走らない理由がわからない。
アウェイの中で、僕は暗礁に乗り上げてしまった。
 
しかし、何とかしなければと思い、
「畜生!」
と日本語で強く言った。
驚いた運転手は、こっちを振り返った。
「いい加減にしろよ! また、ぼったくるつもりか!」
さらに日本語で語気を強めてそう続けた。
意味がわからないだろうが、怒っているのが伝わった。
目には目を歯には歯を、だ。
男は前を向いてフ~とため息をついた。少しは効果あったようだが、状況は変わらない。
 
(どうすればいい?)
そう思いながら、車内を見回すと運転席側の前後の窓の間にあるスペースに、タクシー会社の名前と電話番号、運転手の顔写真と名前が貼ってあった。日本でも見かけるやつだ。
停止した車内の重苦しい空気の中で、それを見てふと閃いた。
(だけど、それをやると金だけ奪われて、車からほり出されるかもな)
そんな恐怖が頭の中でよぎった。
アメリカではないので命までは取られないだろうが、力では勝てそうにない。
しかし、それ以外にやれることが思いつかなかった僕は、意を決して鞄から手帳とボールペンを取り出した。
 
「これがお前の名前だな」
そう英語で言うと、男の顔写真の下に書かれている名前をボールペンで指した。
「そ、そうだが……」
振り返った男の顔の中に、ちょっと戸惑いが見えた。
(いけるかも)
僕は手帳を開けて、ボールペンでその名前を控えていった。
「そして、これが会社の電話番号か」
そう言って番号も控える。
男の顔が戸惑いから焦りに変化した。この男、分かり易い。
(やっぱり、ぼったくるつもりだったな)
張り詰めた緊張感の中で、そう確信した時、
「わかったよ」
男は、ぼそっとそう言って、ハンドルを左へ切った。
そして、徐々にスピードを上げて、空港へ向かって走り出した。
 
「着いたよ」
空港のロータリーで、男は僕を見て何故か優しく笑いながらそう言った。
そして、僕が財布を取り出そうとした時、
「お金はいらない。心配させて悪かった」
と謝った。
僕に垂れ込まれて、職場で不利な状況になるのが怖かったのだろう。
「いや、メーターの表示分は払う」
僕はそう言って百ユーロ札を一枚、財布から取り出して渡した。
「お釣りはいらない。ちゃんと領収書を切ってくれ」
男は満面に笑みを浮かべてお金を受け取り、手早く領収書を書いた。
「ありがとう!」
運転手はまた陽気な男に戻って、手を振って僕を見送った。
 
(もうこれに懲りて、日本人を騙すんじゃないぞ!)
僕が背中でそう言ったのが、ちゃんと届いただろうか?
空港のロビーを歩きながら、タクシー代を払ったことを少し後悔し始めていた。
 
 
 
 
***
 
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2021-11-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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