役に立たないから役に立つ研究
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:長塚正一郎(ライティング・ゼミ10月コース)
「研究者」と聞いたとき、みなさんはどのような人物を思い浮かべるでしょうか?
白衣を着て、実験室に籠っている、ザ理系の研究者でしょうか?
それとも、ラテン語の文献に囲まれた哲学者を思い浮かべるでしょうか?
紙とペンだけを武器に思索を続ける数学者を思い浮かべる人もいるかもしれません。
正直な話、彼らがいったい何をやっているのか、何を研究しているのか、よくわかりません。
聞いても専門的すぎて、理解に苦しむことも、多いです。
かくいう僕も、シロアリの研究をしていましたが、先輩が言っていることの半分は意味不明だったりしました……。
そんな彼らの研究に投げかけられる質問に次のようなものがあります。
「その研究って何の役に立つの……?」
かつて、古き良き時代にはこんな質問はナンセンスとされてきたようです。
やりたいからやっているんだ、と。
しかし、様々な分野で意義や目的が重視される現代にあっては、研究者たちはこの質問に正面切って向き合わないといけない局面も多いのです。
あなたの研究は社会にどのように貢献できるのですか、何の役に立つのですか、やる意味があるのですか……?
例えば、iPS細胞の応用方法を研究して、今まで治せなかった病を治療できるようにする、というのは、全くもって正当な応答でしょう。
一方で、シロアリの研究をすることには、どのような意義があるのでしょうか?
家がシロアリに侵食されたときに、彼らの生態がわかっていた方が良い。だからシロアリの研究をすべき、なのでしょうか?
かつて私の指導教官だった教授がこんな話をしていました。
研究は、まるで「水に浮かんだ氷のようだ」と。
水に浮かぶ氷は、その一部しか水面上に出ていませんから、私たちに見えるのは全体のごくわずかの部分に過ぎません。
氷山の一角ってやつです。
意義のある研究、いま役に立つ研究というのは、この目に見えている部分なのだ、と教授は説明を続けます。
今見えていることに関しては、その意義も、研究する目的も明確に表明することができます。
それが解明されることによって実現される未来が期待されています。
昨今の研究の意義を問う風潮は、この水面上の、目に見える部分の研究を促進することにほかなりません。
ところが、水上の氷は、そのままじっとしているのでしょうか。
そんなはずは、ありません。
氷は水の動きに合わせて回転します。つまり、水面上に現れる部分というのは、常に変化するわけです。
そうすると、何が起こるでしょう。
今まで見えていて意義があると思われていた部分は水面下に、逆にそれまで日の目を見なかった水面下の領域が浮上してきます。
役に立つ研究は時代と共にすたれていき、今までどうでも良いと思われていた研究の意義が増してきたりもするでしょう。
氷が流転するとともに、「何が役に立つのか」は変化します。
新型コロナウイルスが出現したとき、その発生源がコウモリなのではないか、と噂されてたりもしました。
そのときにコウモリの研究をしている人がいなかったらどうでしょうか。
そもそもコウモリがどのような生物でそのような生態なのかがわかっていなければ、コロナとの関連もわかりません。
コロナが流行る以前なら、コウモリに関する基礎的な研究は、水面下に位置していたかもしれません。
「私コウモリの研究しているんです」
「え、あ、そうなんですね。面白そう。ところで、それって何の役に立つんですか……?」
といった具合に。
しかし、今やコウモリオタクは、一気に時代の寵児へと駆け上ります。
専門家として、様々なメディアに意見を求められるのです。
今までよくわからなかった、コウモリの研究も役に立つときが来るのです。
水面上の、目に見える、すぐさま効果が表れる、「意味のある」「役に立つ」研究に投資することは誰でもできます。
しかし、氷はつねに、回転しています。その動きは予測不可能です。
役に立つかどうかという評価軸から外れた、辺境のよくわからない研究者たちが、表舞台に立つということもありえるのです。
流転する世界において、ただ一つの評価軸でものごとを評価するというのは、なんと悲しいことなのでしょうか。
最近では、「多様性」の重要性がしきりに叫ばれております。
なぜ、多様性が大事なのかという問いの一つの答えが、ここにあるような気がしています。
先行きが不透明な中で、いつなんどき役に立つかわからないような、いま役に立たない研究たち。
それを許容できる、真に多様な世界を考える。
この一見どうでもいい思索が、いつか日の目を見ることを願って、今日もまた水面下へと潜らさせていただきます。
***
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