メディアグランプリ

「切なさ」の職人・桑田佳祐さん


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記事:山口ななかまど(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
「切ない」という感情は、なぜ存在するのだろうか、とふと思う。一体何のために、そして誰のために。
今でもよく分からないのだけれど、私が「“切ない”ってこんな気持ちなのかなぁ」と初めて感じたのは桑田佳祐さんの曲だった。
 
サザンオールスターズの良いところは、職場や飲み会など、たいていの場所で幅広い世代の人と語りあえることだ。
人により楽しみ方が幅広い点も大変素晴らしいと思う。メロディーラインが好きな人、歌詞が好きな人、カラオケで歌うのが好きな人、楽曲が流行った当時の思い出を重ねて懐かしむ人、桑田さんが好きな人、ライブが好きな人。
そんな中で私の心をとらえて離さなかったのは、桑田さんの楽曲からときおり放たれる「繊細さ」、そして「影」だった。
 
私自身も2代にわたる、サザンおよび桑田佳祐作品のファンである。母はヒットシングルを好んで聴いていたので、子どもながらに『真夏の果実』や『栞のテーマ』に親しみがあった。「いい曲だな」と思っていたが、一方では「昔流行った歌なのかな?」とも感じる、その程度の認識だった。
 
小学生のある日、母から1冊のピアノスコア集を手渡される。サザンのピアノ曲集。クラシックピアノを習っていたので、「弾いて聴かせてよ」ということのようだった。
 
クラシックピアノは、作曲家が脳内に浮かべた楽曲を譜面から読み取り、音で再現する芸術だ。私はまるでバッハやベートーヴェンの楽曲をさらい始めるように、楽譜を見ながら『真夏の果実』や『栞のテーマ』を弾いてみた。よく聴き知った楽曲たちが、慣れ親しんだピアノの音色で再現される。
こういう曲もピアノで弾くことができるんだ、と新鮮な驚きがあった。しかし聴いたことがない曲については、そもそも「楽譜だけをたよりにサザンを弾く」という行為じたいがイレギュラーとはいえ、曲のイメージをつかむことが難しかった。
 
地元の図書館で、「あの楽譜に載っている曲」を色々と借りては聴いた。同級生と情報交換なども行うようになった。彼らの中にもまた、一定数の2世ファンがいたのである。
「『シャ・ラ・ラ』って、女性と二人で歌ってる曲だったんだ……!」「『旅姿六人衆』って単なるバラードかと思ってたのに本当はこんなに熱い曲だったんだ……!」
答え合わせが楽しくて、「正解」を聴いてはまたピアノでなぞる。そんな時間がどんどん長くなっていった。楽譜に無い曲も色々と聴き、桑田さんのメロディーラインや好むコードの移り変わりが、データベースとして私の中に蓄積されていった。
 
特に私を魅了したのは、コード進行だった。たとえば『匂艶 THE NIGHT CLUB』という曲は、失礼ながら全体的に訳がわからないのだが(すみません)、Bメロはなぜか非常に切ない気持ちにさせる。それが「4-5-3-6進行」というポップスの定石であることを後から知るのだけれど、そんな情報を得てもなお、何度も「ガーン」と予想を裏切られる。普通じゃない。でも美しい。これは一体なんだろうか。
私は、桑田さんの楽曲の宇宙の中に、新鮮な驚きと美しさを何度も感じるようになった。
 
そして時は1992年。メジャーデビューから数度目のサザンブームが巻き起こる。『涙のキッス』の空前のヒット、そしてアルバム『世に万葉の花が咲くなり』のリリース。稀代のアレンジャー小林武史氏の手によるカラフルでキラッとした音感の作品集だ。何度聴いたことだろう。
 
中でも『君だけに夢をもう一度』という楽曲が異彩を放っているように見えた。イントロでジャラーン、ジャラーンと奏でられる美しい音の塊。何だ、これは。目には見えないけれど、こんな美しい宝石のような音があるのか。
後に、それは「テンションコード」と呼ばれる、バッハやベートーヴェンの時代にはまだ無かった音の組み合わせであることを知った。
 
アクの強ーい歌声で恋と青春を歌い、時に猥雑な歌詞で注目を浴びる。一般的な桑田さんのイメージは、おおむねそんな感じかと想像するが、『世に万葉の花が咲くなり』は、彼の「繊細さ」や「影」を強烈に感じるアルバムだった。むしろ、それらは私がそれまで見過ごしていただけで、桑田さんの作品に元来から備わっている特性だったのだと思う。
それから過去の作品を聴き直すと、サザンの曲にもKUWATA BANDの曲にも、まるでガラス細工のようにハッとするほど繊細な美しさが込められていたのだった。
 
その後数年間、桑田さんはソロ活動に主軸を置き、アルバム『孤独の太陽』を発表する。このCDが、私にとってはずっと忘れられない作品となった。
『鏡』という曲を初めて聴いた時に、涙があふれ出て止まらなくなった。理由はうまく表現できなかった。
『鏡』は、歌のバックにバンジョーなんて流れちゃってるカントリー調の曲だが、強烈な「孤独」を感じる。その世界観に希望があるのか、それともないのか、歌詞でははぐらかされてしまってよくわからない。だけど希望があると思いたい、それほど美しい世界だと感じた。ブライアン・ウィルソンを想ったというタイトル曲『孤独の太陽』も、繊細ながら圧倒的に胸に迫る美しい曲だと感じた。
 
『孤独の太陽』が生まれた1994年、桑田さんは39歳だった。アルバムジャケットの彼は大変なイケオジで、ほんの少しだけ微笑む写真に、「こんな内省的な曲を作った人なのに笑ってるわぁ」となぜか安心したことを覚えている。
 
いつの間にか、私も当時の桑田さんと変わらない年齢になってしまった。思春期に桑田さんから「切なさの種」を胸に埋め込まれた私は、彼の作品について思い浮かべる時は10代の感性に戻ってしまう。良いとも悪いとも言い難い、このきゅっとした感情は、一体何のために生まれ、この世に存在しているのだろうか。
 
そんな桑田さんは、私の実母と同い年である。最近ではメディアでお見かけすると、つい老親へ向けるような眼差しになってしまうことが増えた。誰しも永遠に「恋愛」や「青春」の主人公ではいられないけれど、あの「イケオジ」だった桑田さんは、今も変わらず私のヒーローだ。
 
 
 
 
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2021-11-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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