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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:竹本美沙子(ライティング・ライブ大阪会場)
 
 
「おい、あいつ、男子更衣室の前にいたぞ」
「わかりました」
私は、課長の声に返事をして、内線電話をかけるために手を伸ばした。
 
半年前、カクさんが事務所にやってきた。
といっても、うちの会社のものではない、建屋の管理会社が購入したものだ。
 
カクさんは、四角いフォルムにパステルブルー、高さ約80センチ、横幅50センチ。
スタイリッシュな2輪の付いた移動型の業務用ロボットだ。
ルートを設定しておくと、自分で動きながらゴミを吸い取ってくれる。
自宅用に売られているものより、ずっと大きい。
 
『カクさん』というのは、管理会社がそう呼んでいたのが今では、すっかり定着していた。
 
私たちの事務所が入っている2階は、足音を吸収するため、薄い絨毯が引かれている。
モップが使えないので、毎日パートの女性が2人がかりで古い掃除機をかけていた。
 
「自動で掃除をしてくれるんですよ」
シニアで再雇用になった責任者の古川さんが、ニコニコ紹介してくれる。
 
「こうやって、俺らの仕事は、なくなっていくんやな」
課長がポツリとつぶやいた。
「そうなんですかね」
 
世知辛い、世の中になったものだ。
 
古川さんは、早速、清掃ルートを設定し始めた。
場所は、1階、2階、食堂と建屋の中を設定するために動かしていく。
覚えさせている間は、いつものパートさんは別のところを清掃することになっているようで、あまり見かけなくなった。
 
しかし、大方の予想に反して、カクさんは慎重だった。
 
そして、通常運転のカクさんは、音が大きかった。
今までの古い掃除機の音とは、比べものにならない。
ゴーゴー音を出しながら、ゆっくりとゴミを吸い取っていく。
上部からオレンジやブルーやイエローの光をピカピカと点滅させて、向かってくる様子は、まるでご機嫌に歌を歌っているようにも見える。
 
けれど、植木鉢の位置や、設置してある簡易のソファが、少しでも移動していると「異常発見! これ以上はできません」というようにピタリと止まる。
誰かが古川さんに連絡するまで、止まったまま、赤いライトを点滅させ続ける。
 
異常を解除するボタンがあり、押すとまた動き出すのだが、今度は何もない廊下の真ん中で止まったりする。
トイレに行こうとしたら、女子トイレの入り口で止まっていたので、びっくりした。
さすがに、背中にある取っ手をグイっと引き延ばして、ご退出いただく。
 
みんながそれぞれ、カクさんを遠巻きに見ているので、誰からともなく止まるとすぐに連絡が入る。
私はそのたびに、内線電話をかけ、カクさんを回収しに来てもらう。
 
「設定はちゃんと、できているはずなんだけど」
古川さんも困り顔だが、カクさんの止まりクセは全く治らなかった。
首を傾げながら、古川さんは、ほぼ毎日カクさんの後ろをついて歩いていた。
 
ゴーゴー音がする方向を見ると、かなりの確率で、カクさんの背中を見つめるように歩く古川さんがいる。
 
「散歩する、孫とおじいさんみたいやな」
 
掃除をするたびに、必ず見守りがいる。
果たして、このロボットを使うことのメリットはあるのだろうか?
 
疑問に思うけれど、カクさんと古川さんの姿をみると何となく言い出しづらい。
 
残念なことに、カクさんにはさらに、清掃ロボットとしては大きな弱点を持っていた。
 
角や壁際の吸い込みが苦手なのだ。
 
彼の横幅では、グルグル回ったところで、ホコリはいっこうに掻き出さずに残ったままだ。
大きすぎる紙の切れ端も吸い込めない。
下手をすると、異常とみなして、切れ端の前で止まってしまう。
 
古川さんは、カクさんが移動しやすいように、囲いを作り、大きなゴミはそっとポケットにしまい込んでいた。
 
しかし、事態は大きく動いた。
管理会社から別の人が状況を確認しにやってきたのだ。
 
私は少し不安になった。
正直、掃除をすることに関して、効率が良いとは言えない。
人がやった方が早いのでは? と思ってしまう。
しかしそうなると、カクさんと古川さんは離れ離れになってしまう!
 
次の日出社をすると、宅配便置き場に段ボールに詰められた、カクさんがいた。
 
「ああ!!」
 
同僚に言うと「そりゃ、あれじゃあね」と冷たい。
「冷たいよ」
「アホか」
 
しかし2週間後、ゴーゴーという音と共に、カクさんは帰ってきた。
 
どうやら、ルートの設定方法に不具合があったため、修理に出していたらしい。
 
カクさんは、回数は減ったものの、相変わらずご機嫌な時と止まる時を繰り返しながら運転を続けている。
古川さんは、時々1階の事務所からカクさんの様子を見にくる。
いつもと少し違うのは、カクさんが掃除した後ろから、角や壁際をいつものパートの女性が掃除機かけていた。
 
役割分担は、うまくいったようだ。
 
 
 
 
***
 
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2021-11-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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