子育てが終わった瞬間
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:秋野ゆみこ(ライティング・ゼミ10月コース)
私にはもう成人して一人暮らしをしている娘がいます。
実はほんの少しですが家賃の援助をずっと続けていました。
学校を卒業してもなかなか定職につけなくて、何をやっても長続きしなかった娘。
将来どうなってしまうんだろう。同級生達はきちんとした仕事をしているのに。
お金を渡す事が彼女の自立を妨げる事になるのではないか。いつもいつも葛藤していました。でも、最低時給のアルバイトでは生活が苦しくなるのは目に見えています。お金欲しさに変な事に手を出して詐欺にでもあったら困る。おかしな事に誘われて魔がさしたらどうしよう。
心配で心配で援助せずにはいられませんでした。
新しい職場にうつったと連絡を貰ったのが数ヶ月前。
その仕事はきちんと習得すれば手に職をつけられそうな仕事ですが、今までが今までなので大した期待も持たずにいました。
たまに会った時に仕事はどんな調子か尋ねるのですが、
「上手くできない」
「試用期間が終わったらクビなるかも」
などの弱気な言葉が聞こえてきました。これは辞めた時の予防線を張っているのに違いない。あぁまた駄目だな。私の頭の中に「駄目」の烙印が押されました。
私の目から見ると、彼女は自分に向かない事ばかり追いかけているように見えます。もっと自分の強みを活かすような事をすれば良いのに。
彼女は中学生までは家族の期待の星でした。
生徒会の役員をやったり成績も優秀で5段階評価の5が殆どでした。
だから本当はやればできるのに、何でやらないんだろう。いつも娘に対して歯痒い気持ちでいっぱいでした。資格を取ったらとか学校に通ったらとか何度も何度も言いましたがうまくいきませんでした。それでもやっぱり諦められません。私は娘の為に良きアドバイスをしたくてうずうずしていました。
そして先週の事です。
12時に娘のアパートに行く約束でした。ところが、ジムに行くから2時に変更して欲しいという連絡が入ったのです。
ジム?
不安定な生活をしている彼女に、安くても一ケ月に7、8千円はするジム通いは分不相応です。
どうしたんだろう?
私は良からぬ心配が頭を駆け巡りました。
娘の住む部屋は線路沿いの狭いアパートです。この古い建物独特の閉ざされた空間は、何度行っても私の心を重くします。早く、もっと陽のあたる場所へ引っ越して欲しい。何か良い仕事をみつけてやらなければ。心の底からそう思いました。
彼女の部屋は相変わらず何も置いてない殺風景な状態です。狭くて家具などを置く場所はないのですが、それでも女の子らしい小物くらい置いたら良いのに。彼女の心の寂しさを投影しているようで、私の心も寂しくなりました。
私は持って行った煮物やらスープやらを彼女に渡しながら、
「ジムなんて行って。どうしたの?」
娘を問いただしました。
「そんなの私の自由でしょ」
「それはそうだけど、お金はどうするの?ママはジム代まで面倒みられないからね」
そう言うと、彼女は怒った口調で
「ちゃんと働いてるよ」
と、言いました。
私の予想に反して娘はその仕事を今も続けていたのです。
「ちゃんと雇って貰えたの?難しいって言ってたけど」
娘は深く頷きました。
「先輩が色々教えてくれるし」
どうやら良い同僚に恵まれたようです。そして、続けてこんな事を言ったのです。
「これを10年くらいやってみて、その後の事はまたその時に考えようかと思ってるんだ」
私は信じられないような気持ちでその言葉を受け取りました。10年も続ければ本当に一人前のプロフェッショナルです。どうやら彼女は自分の力で自分の居場所をみつけたようでした。嬉しくて嬉しくて何度も何度もその言葉を頭の中で反芻しました。
「あ、これあげる」
奥の方から小さな箱を取り出して来ました。
「手のパックだから」
以前、私が「年をとって手のしわが増えてきたのが嫌だ」と話したのを覚えていたようです。
「●●は元気? 来年は就活だね」
大学生の弟の名前を口にしました。
「どこかのIT企業に入りたいみたい」
私が言うと
「ITね。友達が何人かITにいるから紹介しても良いよ」
私はとても不思議な気持ちで娘と会話していました。いつも自分の事だけで精一杯だったはずなのに、今日はなんだか違います。私や弟の事を心配する余裕が生まれています。そして、ちゃんと友人達とも付き合いが続いているようでした。私が思っていたほど彼女は孤独ではなかったようです。私は娘の何を見ていたのだろう。勝手に想像して、自分勝手に娘の虚像を作り上げていたのかもしれません。
何といっても、大変な研修を乗り越えて自分の仕事を得た娘には自信のようなものが見えました。もう、私の「良きアドバイス」なんて必要なかったのです。
そうは言っても先立つものは必要だろうと、いつものように家賃援助のお金を差し出しました。すると娘は大きく手を振って
「もういらないよ。なくても平気」
そう言いました。
彼女は完全に私の手を離れたのです。
私の中ではずっと小さな雛鳥でした。弱弱しくて、いつも私の手助けを必要としているはずでした。それがいつの間にか逞しく成長していました。
ああ、私の子育ては終わったんだな。はっきりとわかりました。
私は大きな安堵と寂しさを抱えて、お金の入った封筒を自分の鞄に戻しました。
***
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