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私は「持っていない」を持っている

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:光村 六希 (ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
2021年。それは天狼院書店ライティング・ゼミとともに始まり、ライティング・ゼミとともに終わろうとしている。
この1年、毎週2000字の課題を提出してきた。出せない週もあったけれど、決して出来が良いとは言えない提出物のオンパレードだけれど、これってすごいことだと思う。小1と年長の子どもを育ててフリーランスとはいえ仕事しながら、よくやったよな、自分。
 
長いようであっという間だった課題提出生活。この1年で大きなものを得たと思う。それを振り返ってみたい。
 
これだけ長い期間、何故か私はあまりネタに苦しむことはなかった。人から好まれるネタかどうかは置いておくと、いつも溢れるほどとは言わないが、書きたいことはぽつぽつと出てきた。それは46年間の人生の中で、子どもの頃からいろんなことが起こったが、半世紀近く経った今も自分の中でまとまらない。ヒーローズジャーニーになんてなりっこない。格好悪い人生で起こったいろいろなことからこぼれ出てくる様々な出来事だ。
 
思えば子どもの頃って、いろいろ可愛いことを信じるものである。代表的なのはサンタクロースの存在を信じること。その他は人によって様々で、ピーマンはプラスチックだと思うとか、子どもはキスしたらできるとか、テレビの中の人は自分を本当に見ているとか。
私は子どもの頃、「右足を高く上げ、地面に下ろす前に左足を高く上げる。左足が地面に着く前に右足を高く上げる。それを繰り返したら飛べる」というのを信じていた。というか、やれば本当に飛べる、と思ってよく練習していた。バタバタとできるだけ早く足を上につき動かす。なかなかできないのは訓練が足りないからだと思っていた。
忍者が高く飛べるようになるために、成長が早い麻の種をまいて、毎日その上を飛び越えて跳躍力を鍛えるように、毎日激しく練習していたら飛べるようになると信じていた。
 
そして「努力すれば何でも叶う」と思っていた。
夏生まれで体も大きく、先生に言われることは一通り素早くこなしたし、気が強く喋りも早かった。2歳でひらがなを覚え、本をたくさん読んでいたので物知りだった。いろんな知識を披露して「そんなこと知ってるの。すごいね」と言われた。学校でも塾でもテストで100点を連発した。
負けず嫌いで怖いもの知らずで高いところから飛び降りてケガすることもしょっちゅう。そんな向こう見ずな性格のお陰で運動でも跳箱などが得意だった。
 
いつも思っていた。「頑張ればできる!」と。そのように思うことが努力の源泉であり、実際とても努力していた。他の人と話す時間も惜しんで本を読み、考えごとをし、自分の力をいつも磨いていた。全方位に置いて自分の実力を高めようと努力し、結果が得られることに満足していた。「自分は頑張ってやることをやった。だから報われるのだ」と思っていた。
努力したら何でも手に入る。できるようになる。努力して自分の持つ力を高め、人から「すごいね」と言われたい。それが生きる原動力だった。
 
アラフォーになっても治らない鬱のため、数人目のカウンセラーさんにその話をしたら「子どもの頃の全能感は大切ですよ」と言われた。「いやいや、ここまでの全能感、要らなかったですよ」と言いたかったがどうしようもない。持っちゃったんだから。
そうなのか。じゃあ全能感あってよかったのか。
でも全能感あり過ぎたのも困るんですけど。
いや、私が一刻も早く現実的にならないから困ってるだけか。
 
子どもの頃のそんな可愛い勘違いも、年齢を重ねるについて、徐々にいろんな現実に気づき出す。
怖かったお化けの存在が平気になってきたり、大人に言われた「あなたは赤ちゃんの頃、橋の下から拾った」と言われたことに「おかしい」と気づいて自分で「違う」と確信を持てるようになったりする。
私の気づいた現実は「私は完璧じゃない」ということだった。当然である。
 
それは、それまで殆ど力を入れてなかったコミュニケーション力が私にはない、という事実だった。
というか、それまで私には「コミュニケーションしないといけない」という概念がなかった。
友達が雑談をしている間、本を読んでいた。本を読んで知識を貯めることに価値を置いていて、同級生や周囲の人とお喋りという潤滑油で円滑な関係を築くという発想がなかった。
しかし、中学生になり、思春期の真っただ中に入ると、その姿勢には致命的な欠陥があることに気づく。コミュ力がないのだ。
それは晴天の霹靂だった。それまでの幼稚な私は「欠点がない。努力すればなんでもできる」と思っていた。ところが欠点があったのだ。しかもそれはそこに存在すると思っていなかった能力だった。
「近所の人に挨拶する理由がわからないから挨拶しない」と考えるほど、私は他人との関係を結ぶことが下手くそだった。
 
その代償は大きかった。「頑張ればできる」という根性論が「頑張ってもできないことがある」という現実の前に打ちのめされた。
自信満々だったのが一気に対極の「自信喪失」になり、自分を卑下するようになった。自分自身を恨み、ひどく恥じるようになった。自分は普通に人ができることができない。人間はコミュニケーションをとる生き物のはずなのに、私は人間としての機能が欠落している。そしてそのことに十数年生きてようやく気づいたということも大きな欠陥だった。
 
2人目のカウンセラーさんは言った。「音痴の人や運動音痴の人がいるように、コミュニケーション音痴もいるんです。苦手なことは積極的にやらなければいいんですよ」と。
いやいや、待って。音痴の人はカラオケに誘われても断るか、行っても歌わず盛り上げ役に徹するという方法がある。運動音痴の人は、運動神経を必要とするスポーツはせずに、ウォーキングのような自分のペースでできる運動を取り入れるという手がある。でもコミュニケーション音痴だからと言って、コミュニケーションしないわけにはいかないでしょう。それでは人類の中で孤立を選ぶようなものだ。
 
昔読んだギャグマンガで、嫌われキャラが「全人類が滅んでもお前は生き延びればいいんだよ!」と言われて「ああ、そうするつもりだ」と大きな顔で平然と言うシーンがあった。彼ぐらい逞しければこの状況を平然と受け入れられるのだろう。でもかつては自信過剰な努力家、今となってはポキンと折れて誰よりも卑屈になってしまった私は、この事実が受け容れられない。
「私は普通の人ができることができない」ということは、本当に私のコンプレックスになった。そして人と集まるたびに、自分にできないことを痛感する。
 
「できないことを痛感している場合じゃない。行動しろよ」と思われるかもしれない。おっしゃる通りだ。だが私はキャラ変することができなかった。今もできない。人と会話するネタを思い浮かばない人間には、キャラ変した時の会話など思い浮かばない。行動も思い浮かばない。
私の思春期・青年期は平成初期でよかった。みんな環境に合わせてキャラ設定をする令和の今じゃなくて本当によかったと思う。
 
私の人生、調子よかった期間は十数年。それより長い間、私はコンプレックスに陥り、自己否定・自己卑下状態になっていった。鬱になった。中学終わりから高校まで、不登校を繰り返した。
 
そして長いこと「コミュニケーション力が、普通の人が持っているコミュニケーション力が持ちたい」と思っていた。「人間になりたい…」という感じで心の底から叫んでいた。
妖怪人間ベムが「早く人間になりたい」と叫んでいたように。
 
大学生になった時は、手っ取り早くコミュニケーションの場を作って経験を積もうとサークルに入り、学部でも友達を作ろうとした。奇跡的に、周りはいい人が多くて友達ができた。とても楽しいと感じることも多かった。
でもその楽しさも、皆でいる時に感じる違和感やコミュニケーションが上手い人達を見ると出てくる嫉妬心などで消える。コンプレックスを感じると消し飛んでしまうのだ。
「少し仲良くなれた、いい雰囲気の中にいられた」と思っても、「自分はこの中で浮いている」とか「みんなもっとノリで話している」と感じるとその中で黙らざるを得ない。そうすると「六希ちゃん、黙ってるけど大丈夫?」などとコミュ力高い友人から心配される。そうやって心配してくれる友人は、皆と上手に会話をしつつ、私にまで気を配ってくれる。そのことが私のプライドを打ち砕いた。ああ、私は人から心配されるコミュ力なのだ……。
 
社会人になった時には、職場で人間関係を作ることができなかった。いろんな世代の人たち、いろんな価値観の人たちがいる中で円滑に仕事をしていくために必要な人間関係の構築。年上の男性が多い職場に入ったので、その頃は女性らしいとされる気遣いなども求められた。でもそれは当然できない。会社でもコンプレックスが増幅し、鬱になって休職した。
 
本当に、普通の人が普通にできることができない。普通の人が持っているものを持っていない自分が心底イヤだった。病院に行って薬をもらい、カウンセリングを受けたりした。が、すぐには回復しなかった。鬱な気持ちはずっと続いた。
 
長い長い時間が経過した。気持ちはずっと低空飛行だったが「できない自分。足りない自分」を徐々に受け容れ、それなりに働いたり人間関係を築いたりするようになっていた。
その頃、数人目のカウンセラーさんに言われたのだ。「あなたは発達障害の気がありますよ」と。
この悩みは私の能力だけのせいではなかった。気質の問題だったのだ。
その後しばらくして、仕事を辞めてフリーランスになった。人のコミュ力と自分のコミュ力を比べてへこむような場が減ったことで、ずいぶん気持ちが楽になってきた。
 
今はこんなことを思う。
誰もが何かしら持っていないものがある。私の問題は、持っていないことではなく、持っていないことを認められなかったことではないだろうか、と。
 
持っていないことを認めるのは、現実的な人にとっては至極当然のことだ。持っていないことを認めた上で、持っているものを使ってどうするかを考える。
でもそれは、理想と現実が乖離している人や現実が直視できない人にとっては、とても難しい。認めようとするとプライドが許さない。認知と現実の間にギャップがあり、それがストレスになって行動することが難しくなる。
そう考えると、私の問題はコミュニケーション力を持っていないことではなく、持っていない上でどう行動するか、ということだったのかもしれない。
 
って、いやいや、これ、過去のことじゃなくて現在も進行中の問題だよ、自分。解決してないよ、まだ。
 
そうか。こうなったら私は「持っていない」を楽しむしかない。そのためには、人と話すのではなく、こうやって書いて自分を表現する。お喋りの時には絶対に出せない自分を出す。この広い世界のどこかには、このように未熟なコミュニケーション力を文字にしてオープンにすることで、何かを感じてくれる人がいるかもしれない。こんな人でも大人になって、世界の片隅で何とか生きている、ということを知ったら元気が出るという人も、ひょっとしたらいるかもしれない。
だから私は「持っていない」を持っていることを、書いて明らかにする。
 
この1年間ネタが尽きなかったのは、気づかなかったけれど、書くことで「持っていない」を肯定的に捉えようと懸命に行動していたからかもしれない。
そう言えば、前に比べて鬱な気分の時が何だか減ったような気がする。定期的に通っていたカウンセラーさんに行く間隔が、最近開いてきている。
コミュ力がないことを隠そうとしたり、無理やり身に着けようとしたりすることではなく、書いてコミュニケーション音痴を受け容れようとして、鬱が和らぐのかもしれない。
 
そうか。そうなのか。
ならば書こう。書くという手段を磨き続けよう。
そうすれば私は、持っていないけれど、できないけれど、飛べるはずだ。きっと。
 
 
 
 
***
 
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2022-01-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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