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保護犬〈蕾ちゃん〉と私の43日


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:miwa(ライティング・ライブ大阪会場)
 
 
「お願いしたいのはこのコです」
 
そう言われて預かったのは、ひかえめにシッポを振り、人が好きだとわかる小柄な女のコだった。
 
保護犬の預かりボランティア登録から2年が経とうとしていた春、360頭を抱える繁殖場が崩壊して、レスキューに入って引き出されたうちの1頭で、医療措置を終えてうちに来てくれた。
 
実家で犬を飼っていたが、恥ずかしながら、ほとんどお世話した記憶がない。それでも、一人暮らしの私が出来る範囲で、出来ることをしたいと志願し、その日に至った。
 
滅多に人が来ることのない静かな部屋に、犬と私だけの暮らしが始まった。
お互いの緊張が否応なしに伝わってきて、お互いシドロモドロなのが笑えてくる。
今日からよろしくねと優しく声をかけて、何てことないように装って、かわいすぎてたまらないのを隠して、あんまり見つめすぎないようにと犬小屋を横向きに置いた。
 
散歩の経験がない?!?
初めて聞いた時は衝撃だった。犬は、散歩ひもに引かれて歩く光景が自分の中で当たり前すぎて、疑問にさえ思わないほどだったから。
 
と言うことは、ハーネスもつけた経験がまだ少なく(もしかしたら首輪も)、散歩へ行こうと声をかけても、そもそも小屋から出てこない……。
 
そうだよね。彼女からしたら、ある日を境に目まぐるしく環境が変わって、訳もわからず部屋につれて来られて、私を信用するのに値するかもわからないうちに、アレコレ要求が多すぎて戸惑うのも当然。
でも、まずは外のニオイで排泄したくなるかもしれない! と、笑顔を崩さないように恐る恐る小屋の中に手を入れ、様子を見ながらゆっくり両腕を引っ張ってハーネスをつけ、渋る彼女を抱っこして連れ出した。
 
外の世界を知らない彼女は初め、勢い良く進んでみては、何度も立ち止まり、落ち着け落ち着け! と自分に言い聞かせるかのように、その場をクルッと回っては、前に進んでいた。
公園に着いて、オシッコは心配するほどでもなかったと安心していると、人の気配を察知するなり、途端に右へ左へと落ち着かなくなって、ウンチは出来なくなる。それは、学生の集まりや子供だとわかると、顕著だった。
 
夜の公園は、ウォーキングをしている人やスポーツの練習で集団が多く、その得体の知れなさが恐ろしいようで、朝は朝で、学生の集団登校に捕まってしまった日には、その列の長さや女子の日傘にも怯えていた。
 
車は平気でも、バスが近くに現れると停発車音と車体の大きさに圧倒されるのか、オロオロすることがしばしばあった。
線路のそばを歩こうとしたら、電車が通過する前後のなんとも言えない騒がしさにおののいて、完全に彼女らしさを失っていた。
 
外は日々パニックだらけの世界だけど、私を練習台にして少しずつでいいから慣れていってほしい、私でいっぱい失敗すればいいよと、彼女が怖がる度に抱きしめては「大丈夫大丈夫」と声をかけ、「人は怖くない存在だよ」「あれはバスと言って、いつか乗る日があるかもしれないねぇ」と、体を一定のリズムでトントン叩きながら、落ち着くまで待った。
 
どれだけ疲れて見えても、外ではお水にもおやつにも目もくれず、すれ違ったり挨拶を交わす犬にも人にも全く興味がない彼女。それはそれは面白いぐらいに無愛想なのでおかしくなる。お尻を必要以上にクンクンされると、反対方向へ空中ダッシュするのが精一杯の抵抗なのだともわかってきた。
 
そんな彼女と暮らすうちに、私はすっかり変わってしまった、犬の概念が。
 
全く知らない人にも友好的なのはまだ知り得る範囲だが、吠えない、飛びつかない、走り回らない、壁や家具を引っ掻いたりいたずらをしない、に加えて、絶対に噛まない。というより、噛む素振りさえ見せない。
ご飯の準備をしていても、遠くで伏せてこちらをうかがっているだけで、決して鳴いて催促したり、チョンチョンと手で掻いて欲しがったりしない。
 
ドッグフードを食べない日が続いて、試しにささみをゆで汁と共に差し出すと、それはそれは嬉しそうに食べ、その美味しさに目覚めてからも、遠くで静かにソワソワ待っているだけで、「どうぞ」と声をかけても、私がそばにいると遠慮がちに食べ、お皿に追加でささみを入れると、食べるのを一旦やめて待っている。
 
想像でしかないけれど、出身の繁殖場では、ご飯は常に置かれた(有る)状態だったのかもしれない。だから、他の犬達との奪い合いもなく、ガツガツしない穏やかな性格になった
とも言える。
 
自己主張をせず、嫌なことも嫌だと言わずに我慢しているのはきっと平常運転で、かと言って悲壮感はなく、常に穏やかでのんびりしたこんな純粋無垢なコに出会った経験がなかったので、とにかく驚いてばかりだった。
 
あんまりにも健気で、優しさ溢れる彼女が愛おしすぎて撫でていると、ありがとうと言わんばかりに、撫でる回数よりもはるかに多い量で手を舐め返してくれる。その度に私は彼女の慈悲深さに叶わないと降参し、完全にノックアウトされていた。
 
預かった当初は、推定5~6歳だと聞いていたのが、避妊手術を受けた際にもう少し若いのかもと4歳に更新されて、ふと、この散歩ひもの先で一生懸命な彼女は、私より生きている年数は比較できないほど短いけれど、何度も出産経験のある立派な先輩なんだなぁと、改めてシミジミする瞬間があった。
 
そんな彼女は、里親希望のご家族の元でトライアルに迎えられた日から大事に扱われ、そのまま家庭犬となって、今も幸せそうだ。
 
私が彼女と過ごしたのは43日で、自分の生活を回すのにも必死だったから、あっという間にすぎてしまっていた。
この経験を通して、命あるものと暮らす緊張感を持てたこと、お世話すると言うより、神さまから預かっているような感覚になったこと、そして何にも代えがたい無償の愛を知れたことで、大げさかもしれないけれど、私の人生観までも変わった気がする。
 
それは、彼女が新しい家族を見つけるために必要な最新情報を握っているのは私だけで、その責任感から日々の様子を伝えるべく始めたインスタでは、応援してくれる人が一人また一人と増え、遂には文章を褒めてくれる人まで現れた。
 
それで調子に乗ってこのライティングゼミに申し込み、ビギナーズラックが重なって、幾度か掲載されるなど、想像したこともない人生が待っているなんて。けれど、講義を受け、課題提出を重ねるごとに不合格になり、誰に何を伝えたくて書くのかを問われても答えが見つからず、完全に迷子になってしまった。
 
最終回の今日は、世界でたった1頭のかけがえのない彼女の存在を通して、尊い命をショーケースから選ぶのではなく、保護犬から迎える選択肢もあるのだと伝えたかった。今思えばこれが、私がライティングゼミに参加した一番の理由ような気がしてならない。
 
つぼみちゃん、私と出会ってくれて本当にありがとう。
あなたのお陰で、私は一生知り得なかったかもしれない自分に触れることが出来ました。
そして天狼院の皆さん、こんな素晴らしいアウトプットの機会をもたらしてくれて、ありがとうございました。
この経験は、つぼみちゃんと共に忘れられない生涯の宝物になりました。
 
 
 
 
***
 
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2022-01-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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