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メディアグランプリ

バロンらしくなってよバロン


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大越桂(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
朝食を食べ終わってゆっくりとテレビをみている。その時「んっ」と思うと何かにジーっとみられている嫌な感じがする。なんともいえないその嫌な感じ。それはバロンがゲージの中からこちらの様子を伺っているからだ。ただこちらを眺めているならいい。バロンは、横目でこちらを覗き見ているのだ。ゲージに身体をよせて顔はまっすぐなのに横目でこちらを見ているのだ。これが何とも気味が悪い。朝1時間以上も散歩をして、ゆっくりしてからごはんを食べて暖かい部屋の中でヌクヌクしているというのにこれ以上何を期待するのか? それとも上から目線で人間様の様子を覗き込んでいるのか? これが何とも解せないのだ。
 
バロンは、アイリッシュセッターの雄犬だ。まだ生まれて8か月の子犬である。子犬といっても大型犬ですでに20キロ以上ある。バロンという名前は呼びやすく、英語で男爵を意味するので紳士な犬になってほしいという願いも込めてつけられた。
父の母方兄弟の家に乳牛を育てている家がある。ある時、父が遊びにいった際に牧場を元気に走るまわる犬がいた。それがアイリッシュセッターという名の初めて聞いた犬種だった。犬は2匹おりそのうちの1匹は、農機具にひかれて脚が一部なかったという。にもかかわらず、その快活なこと、快活なこと。元気で明るいのはみていて気持ちがよく、この犬なら飼ってみたいと父は思ったという。
 
昨年の夏前に13年飼っていたコリー犬のエルが逝ってしまい、父はもう自分の年齢では新しい犬は飼えないと思っていた。コリー犬はもう4匹目で、その中でもエルは本当に利口で明るい犬で近所の人からも本当に愛されていて、車で誰かがくるとドアをあけた瞬間にすり寄ってくる人なつこい犬だった。エルの悲しい知らせを聞いた私、そしてご近所や親族の何人もが涙を流した。父も今までになくがっかりし、毎日の庭いじりもやる気がなくなり外にでることもなくなった。それを見かねた兄貴は、「父には相棒が必要だ」と言って何件もブリーダーを訪ねて父の気に入りそうなアイリッシュセッターを探してきたのだ。
 
生まれてから2か月後、兄貴が見初めたアイリッシュセッターの子犬が家にやってきた。父はとてもかわいがって育てていた。 家の中で、自慢の庭で子犬を走らせ近所の人にみせるのだった。しかし、まもなく父は大病を患い面倒をみることができなくなった。私は父のかわりに犬を育てることになった。
正直、私は犬を飼ったことが一度もない。犬どころか生き物を育てたことがない。いやあっても鑑賞用のエビぐらいだ。実家に犬はいつもいたが、私は仲間であり飼い主ではなかった。はじめての犬なのに大型犬でそれも家の中で飼うなんて、毎日が緊張でしかなかった。私は本当に毎日毎日必死に犬を育てなければならなかった。しっかりと散歩をさせて、お尻からでるものをちゃんとチェックして、変なものを食べないように目をひからせて、他の人や犬に嚙みつかないよう気をつけ、待てっ!や座れっ!を教えこみ、壊れないおもちゃを探して……。とまったく余裕がなかった。バロンはどんどん大きくなり、元気に自由にかけまわり、気になるものは何でも口にいれ、いろんなバリエーションの鳴き声で私に何かを訴え、そしてなんだか少し偉そうになった。名前にこめた紳士にはまったく程遠かった。
 
しかし、その後まもなくバロンの思いがけない姿をみることになった。
 
先月末、父の最期を看取っていた数時間のこと。普段なら4時間も5時間も部屋に1匹でほっておかれたらギャンギャン泣き叫ぶはずのバロンがちっとも声をあげなかった。何かを察知したのか、ゲージの中で立ったり座ったりして黙って様子を伺っているようだった。
そして父が息を引き取って皆で泣き崩れていた時も、真夜中近くの診療所の先生がきて看護師がエンゼルケアをしてくれている時も、バロンはちっとも鳴かなかった。
バロンは寝ないで起きていた、ずっと黙って私達が周りをバタバタ動き回るのを眺めて起きていた。数時間留守番をさせ帰ってきた時、仕事をしていて何時間もほったらかしにした時、ゲージが壊れるくらい地団太踏んで鳴いて私達の気を引いて訴えるのに、この時ばかりは本当にジッと黙って私達を見守っていたのだ。
 
明け方、バロンを庭にだして遊ばせておくと、力なく座り込む私をみてそっと近寄ってきて私を舐めてくれるのだった。いつもなら私を困らせて飛び掛かって手首を噛んで手袋をとろうとして私を振り回すバロンのはずが……。
 
バロンは子犬だよね!
元気いっぱいのわがまま犬だよね!
人間の言葉はわからないよね!
 
なのに、なぜ? 犬がこんな風に気をつかうなんて夢にも思わなかった。あまりにも自由に育て、自分の主張で精一杯のはずなのに。私はバロンを見誤っていたことに気づいた。
 
そういえば、父が犬を育てる時に大事なことを教えてくれたっけ。
「犬に好かれるには、犬をリスペクトすることだ」って……
 
どうやらバロンをバロン(男爵)たらしめるのは、育てるこちらが紳士淑女になってありのままのバロンに敬意を払えということなのか? 犬をリスペクトするとは……。
とりあえず、バロンのおかげで家の中は綺麗になり、庭もバロンに食べられそうなものはみんな処分した。それだけは、間違いなくおかげさまなのだけどね。
このままではやりたい放題のバロンには厳しい躾が必要だと思っていたが、案外いいところがあるので見直したところだ。でも犬だしなぁ。まだ私の手を嚙むしなぁ。餌をくれる他人には甘え声だすしなぁ。
 
“頼むから、リスペクトさせてよ~ バロン”
 
 
 
 
***
 
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2022-01-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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