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万物の根源は。


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記事:寺野 智和(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
「万物の根源とはなにか?」
 
古代の哲人は、それを問うて問うて問いまくってきた。
 
「万物」とは、そもそもなにか?
 
辞書を引けば、「宇宙に存在するすべてもの」とある。
つまり、「宇宙に存在するすべてのもの」の“一部”であるはずの人間、あるいは自分が“全体”であるはずの「万物」を問う、という不思議な感覚が芽生えてくる。
 
それでも、“一部”が”全部”を特定しようとすることで何が見えてくるのかを考えてみる。
 
 
「万物の根源」を問うことは、「神殺し」である。
 
古代ギリシャのタレスは言った
 
「万物の根源」は“水”である!
 
海が荒れれば、ポセイドン(海神)が怒っているから
雷が落ちれば、ゼウス(全知全能の神)が怒っているから
 
自分達でコントロールできない自然現象に”神”という姿が見えぬものが原因だと恐れおののき、従ってきた古代の民。
 
そこに「なんでも神のせいにするのは、おかしいんじゃないのか?」を竿さしたタレス。
 
神話を信じ汚れてしまった認識のメガネを外して、目の前のものをまじまじと観察して、
 
・動物も植物も湿気を帯びている
・水は気体にも個体にもなる
 
ことから、全ての生あるものは“水”でできている!
と気づき、強く言い切り主張した。
 
現代でそういえば、「全てが水でできているなんて、頭がおかしいのでは?」と一蹴される主張だが、神を信じ、神話を絶対として生きていた古代の人々の目を覚ますのには十分な言葉の一撃だった。
 
正しいことよりも、それまで信じていた「神」に対して疑問を投げかけること、「神話」を疑ってみること、その言動こそに価値があった。
 
私たちは、いまだにどんな神を信じているだろうか?
私たちは、どんな神話の中を生きさせられているだろうか?
 
 
「万物の根源」を問うことは、「見えないものを見ること」である。
 
古代の哲学者 ピタゴラスはこう言った。
 
「万物の根源は“数”である」
 
具体的で雑多とした現実のあらゆるもの全てを、抽象的な概念である「数」で表そうとしたピタゴラス。
 
例えば、理性は“1”、女性性は“2”、男性性は“3”、で表そうとしたとか。
 
数を全ての根源とすることで、男はこうだ、女はこうだ、世間はこうだ、といった目に見える細かい囚われや思い込みから離れ、そのものをありのままに見ることができる。
女の子も、大人の女性も数字の”2”でしかないわけだ。
 
そんな見方で世界を眺めてみると、「見えていなかったもの」が見えてくる
 
例えば、テレビドラマを見ながら、女性を“1”、男性を“2”、その他のものを“3”で置き換えてみて、イメージしてみる。
 
すると、そのドラマは”3”の森の中で“1”と“2”が近づいたり、離れたりしながら物語を創っていることが見えてくる。物語の一つの要素として「距離感」があることが見えてくる。
そこでの出来事や会話などは一旦横に置き、見えていなかった「距離感」が織りなす物語。
出演者個々のキャラクターや演技によって作られていたドラマの印象も、そんな新たな見方で変わるしまうかもしれない。
 
世界の全てが数字に置き換えられるとしたら、どんな景色が広がるだろう?
見えていなかったものがあるとしたら、なんだろう?
 
 
「万物」を問うことは、「万華鏡を覗き込むこと」である
 
古代の自然哲学者 ヘラクレイトスとはこう言った。
 
「万物は、流転する」
 
光が増えれば、闇が減る
冷たいものは温かくなり、温かいものは冷たくなる
 
ヘラクレイトスは「世界で起きていることは対立し合うもの同士の“変化”であり一瞬たりとも止まることはない」と見通した。
 
ところが、反対に古代の哲学者 パルメニデスはこう言った。
 
「万物は、変化しない」
 
ニワトリは、卵からかえり、ヒヨコになって,ニワトリになり、唐揚げやチキン南蛮になっていくが、それがニワトリであることには変わりはない、と言った。
 
あるものはあるし、ないものはない
あるか、ないか、どちらかでしかない、という主張だった。
 
二人の主張はどちらも正しそうにも見えるし、誤っているようにも見える。
 
どちらが正しいか?ではなく、目の付け所によっては、なんでも言えてしまう、と言うこと、つまり、正しいもの、確かなものなどないのではないか?
 
と言うことは、何かにこだわったり、執着することなく、何かに行き詰まったら、万華鏡をクルクルと回すように、違う見方をすればいいのだろう。
その時は「これしかない」と見えていたことも、別の着眼点から眺めれば「これじゃない」に変わる可能性もあることを教えてくれている。
 
 
万物を問うこと、万物の根源を問うことは、「自由を見つける」こと。
 
タレスは、世界を神の盲従から目覚めさせた。
ピタゴラスは、目に見えるものではなく、目に見えないものを見せた。
ヘラクレイトスとプロタゴラスは、目の付け所で世界はいくらでも見え方が変えられることに気づかせた。
 
世界は、問うことでもっと自由になれるのかもしれない。
少なくとも、あることにこだわって囚われて、どうかしなきゃと頭を抱えている時間があったら、「それはそもそもなにか」と問うてみた方が新しい見方を見出せる可能性が高い。
 
古代の賢人たちは、「この世界はもっと自由であり、それは問うことで見つけられる」と教えてくれている。
 
 
 
 
***
 
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2022-01-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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