伝えることが苦手になった私と常連のおばあちゃん
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:早藤武(ライティング・ゼミⅡ)
これは私が薬剤師として、社会に出てから3年ほどだった時のお話です。
当時の上司と私はスタッフルームで話をしていました。
「君、流石になんとかしないとだね。お客様と話をするのが苦手だなんてどうやってこの先の仕事をやっていくつもりだい? 今まで何も苦もなくできていた時があるのだから、どうやったらできるようになるのかよく考えてみて」
上司の厳しい言葉に、唇を噛み締めながら床を見つめて、何でも良いから言い返したいという気持ちが沸々と、静かに胸の温度を上げていました。
しかし、思い浮かぶ言葉たちはすぐに胸の奥に隠れて出てきてはくれません。
「はい…おっしゃる通りです。明日までにこれからどうするのか見通しを立ててきます」
ため息をついて、上司はスケジュール帳を確認して、話す時間があることを確かめて私を解放してくれました。
私は人と話をすることがとても苦手です。
正確には、苦手になってしまったと言ったら良いのでしょうか。
話す相手に何かを伝えなければいけない時には、背中に汗が滝のようにびっしょりするほど出てきてしまいます。
人と話さなければいけないと思いながらぎこちなくでも会話を続けていると、だんだんと息が上がって、心臓がバクバクと早鐘を打つようになってくるのです。
さらにひどくなると口の中が、カラカラに乾いてさらに思っていることが話せなくなってくるのです。
接客が終わって、その度にトイレに駆け込んで腹痛に苦しんでいた日もありました。
もちろん、昔からなりたかった職業に就けて頑張りたいという気持ちは社会に出た時と変わりないくらい持っていました。
それでも、なぜこんなに毎日が苦しいのでしょうか。
なぜ色彩豊かだった毎日が、白黒の味気ない世界になってしまったのでしょうか。
今日もなんとか仕事が終わって、真っ直ぐ家に向かいます。
くたくたになった身体と心をすぐにでも休ませたい気持ちでいっぱいでした。
「ただいま。って誰もいないか」
故郷である東京から地方へ一人暮らしへ切り替えた今は、家には誰も待ってはいません。
それでも昔から家に帰ってきたら挨拶の言葉を一人でも口にしてしまうものです。
帰ってから簡単な食事を済ませて、汗を流して着替えてからボフッとベッドに飛び込みます。
特に見たいわけでもないけれど、静かな部屋にいると今日の嫌なことを考えてしまいそうで、テレビをつけっぱなしにしてぼーっとしていました。
ふと上司に言われた言葉を思い返して、話が苦手な自分をなんとかしなければと思考がまわり始めました。
私が話すのが苦手になってしまったのはいつのことだったでしょうか。
気づいた時には、人前で思ったことが口から出てこなくなって、緊張で頭が回らなくなるくらいに話すことが苦手になっていました。
それでも上司も認めてくれていたように、社会人になりたての時はよくしゃべると言われるくらいに私は人と話ができていたはずでした。
きっかけは、患者さんに良かれと思ってアドバイスしたことが相手を傷つける言葉だと私の考えと経験が足りないで、話してしまったことでした。
「症状がないから薬は飲まなくても良いでしょう?」
「症状がなくても薬をきちんと使わないと治らないので、今回出された通りにお薬を飲んでください」
「医者でもないのに偉そうなことを言わないでほしい! もういい! 別の人に変えてくれ!」
職務上、私は言わなければいけないことを言っただけだと思っていました。
当時の私はなぜ相手が怒り出したのか全く思い至らずに、怒り出したことに驚いて思考が止まってしまっていました。
良かれと思って話をしたのに、気がつけば相手が大いに怒り、言い訳は一切許されずに私はその場で担当を外されて、上司が代わりに対応しました。
上司は一生懸命に私を庇いながらも対応して、無事に相手は怒りを収めて帰って行きました。
後できちんと上司に何があったのか説明を求められて、私は思い出せる限りの出来事を説明しました。
「相手がお怒りになったのには、きちんと理由があるはずだね? 間違ってしまうのは人だからこそ仕方ないことだけれど、繰り返し間違うことは良くないよね? きちんとどこがいけなかったのか後でレポートを書いてもらうね」
会社の決まりでクレームを起こした原因と再発防止のために、レポートを作りながら自分の不足していた点を考え続けました。
相手に対する言葉遣いがいけなかったのでしょうか?
症状がなければ薬を飲まなくて良いと自分だけの判断でも良しと言ってあげれば良かったのでしょうか?
相手が薬を飲みたくない理由が何かあったのではないでしょうか?
レポートを作りながら、たくさんのこうすれば良かったのではないかが頭の中を埋め尽くしました。
それこそ、今回起きたことは全て私が悪いと思い過ぎてしまうほど考えてレポートに書き込みました。
思いつく限り自分に不足していたと思われる点を書き入れて、こう直すべきであるということを再発防止策を書くところにびっしりと書き込み提出しました。
提出した後に、上司からはレポートはきちんと添削して上に出したから次は気をつけるようにと言われてその出来事は終わりました。
しかし、次の日から私はいつものようにお薬のお話をする時に、レポートで出した自分の足りていないところが、いくつもいくつも頭に思い浮かぶようになりました。
このお薬は飲み初めに出やすい症状があるけれど、伝えたらお薬を飲めなくなってしまうのではないか?
また他のお薬では、飲み合わせで気をつけるお薬がたくさんあるけれども、それを知ったら怖くて飲んでくれないかもしれない。
私は何かを伝えた時の相手の反応が怖くなって、薬を使うときにこれだけはという本当に伝えなければいけない注意点を伝えることに引っ掛かりを覚えるようになりました。
それでも今まで新人時代を無事に抜けられるくらいの練習と勉強は重ねているので、流れに沿って伝えるべきことを伝えて渡していました。
しかし、話をする時に私の戸惑いが顔に出ていたのでしょう。
説明をしているときに、相手の顔色に本当に大丈夫だろうかという疑問を持っているような表情を見ることが多くなりました。
その疑問を持っている表情が、私をさらに焦ってしまう原因となりました。
言っていることがきちんと伝わっていないのだろうか。
私が言葉にしていることが不愉快で顔を曇らせているのだろうか。
私の焦りだけは、きちんと相手に伝わっていることが私にはわかりました。
どう伝えれば良いのかという正解のない答えを見つける迷路に私は見事にはまり込んで負のループを繰り返して行きました。
なんとかしようと上司を含めて同僚や先輩にも相談して、対策を出してやってみました。
しかし、どれも上手くいかないでどんな答え方や伝え方もぎこちないものになって私はどんどん話すことが苦手な人間になっていったのでした。
そして毎日の仕事が辛くて、伝えたいことも上手く伝えられないこの世界が生き難いと感じてしまっていました。
どうしたら、この生き難い世界から抜け出せるのでしょうか。
思いつく限りのことをしてなんとかならない時はどうしたら良いのでしょうか。
永遠に続くかと思われた毎日に変化が訪れました。
常連のお話好きのおばあちゃんが珍しく肩を落として元気のなさそうにお店に入ってきました。
「こんにちは」
私はおばあちゃんになんて言葉をかけて良いのかがわからなくて、挨拶だけでもと言葉をかけました。
「こんにちは、今日は病院がすごい混んでてで待ったわよ。お兄さん、少し私の話を聞いてくるかしら?」
「え、はい。私なんかでよろしければ」
お店の奥で作業をしていた上司に、おばあちゃんの相談に乗ることを伝えようと視線を向けると上司は何かを理解したように頷いてくれたので、話をじっくり聞くことにしました。
「今日はね。先生にたくさん怒られてきたのよ。私も色々なことを聞かれて何が何だからわからなくてね」
「はい」
私はほとんど話を聞くばかりで何も言葉を返すことはできませんでした。
たまに何か言葉を返してあげた方が良いのかなという思いは浮かんだのですが、以前の失敗が思い浮かんで言葉が出なかったのです。
「それでね。私もだんだん心に火がついてきちゃって。なんで私がこんなに言われなきゃいけないのって」
「なるほど」
おばあちゃんの話を聞いていてわかったのは、食事や運動などの生活習慣を改善しないと大きな病気になるから頑張って改善しなさいと言われてきて気持ちが落ち込んでいたというものでした。
話をしているうちに、普段は温厚なおばあちゃんが燃えているのが話をしているところから伝わってきました。
「でもね。先生も何も私が憎くてこんなに生活を改めなさいってうるさく言ってきてるわけじゃないってわかっているの」
「そうなんですか」
さらにおばあちゃんが話を続けていると燃えていた心の炎が少しずつ治まってくるのがわかりました。
「先生とは昔からの付き合いだからね。先生のご両親は病気で亡くなって悲しい思いをして落ち込んでいたのを私も知っているの。あの時は見ていられなかったけれど、それでも一生懸命に私たちを医者として診てくれていたわ」
「長い時間、担当についてくれてるのですね」
落ち込んでいたおばあちゃんの心に火が灯って、炎となって、炎の勢いが治まってきたら、いつもの元気な目の色のおばあちゃんに戻ってきたのを感じました。
「きっと昔のご両親のように悪くなって欲しくなくて私のことをあんなに叱ってくれたんじゃないかなって。あなたがずっと一生懸命に話を聞いててくれたから元気が出てきたわ。そうとなったら帰ったらバランスの良いものを食べれるように買い物しなくちゃね! 今日はありがとうね」
「あ、いえいえ。話を聞くしかできなくて」
「そんなことないわよ! ずっと話を聞いててくれるから本当に元気出てきたのよ!」
「ありがとうございます。またお話を聞くくらいしかできないかもしれませんが、いつでもいらしてください」
肩を落としてお店に来ていたおばあちゃんは、元気な足取りでスタスタとお店から出てきました。
後日、お礼にと貰い物のお菓子セットをみんなに差し入れだとお裾分けをしてくれました。
「こんにちは! 先日は話を聞いてくれてありがとうね。これお裾分けよ」
いつもは勿体無いからと貰い物のお菓子は自分で食べていたそうですが、周りの人に分けることで捨てる事なく喜んでくれる人も増えて、先生に注意されたことも簡単になんとかなったと話してくれました。
「どうにもならないと感じていることでも、人は勝手に変えられないと思い込んでいるだけで、少しでも何か変えてみると簡単に解決しちゃったりってあるみたいね」
おばあちゃんの話を聞いていたことで、自分が話をすることが苦手だということに少しだけ変化が出ていました。
まだ話す時にはとても緊張はしますが、相手の話を聞くことだけは苦しいと感じないということに気がつけたのです。
相手と会話をしなければいけない時に、何かを話さないといけないと思うと苦しいですが、相手が何を思って感じているのか話を聞いてみようという姿勢で会話をしてみたら今の私でも誰かに喜んでもらうことができる。
そう思い直すことができたおばあちゃんとの出来事でした。
もし今しんどいと思うことがあれば、休んでみたり、ほんの少しだけ誰かの話を聞いてみたり、話をしてみたり、文字を書いてみたり、ふとしたきっかけで今よりしんどく感じることが楽になる時がきっと訪れる日が来るかもしれません。
だから、昨日よりも今日がより良くなれるように頑張っている誰かのお話を聴いて、今日も私は心から応援しています。
***
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