メディアグランプリ

「身の程をわきまえろ」という呪い


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:北見綾乃(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「うまく生きていくには身の程をわきまえなきゃ」
そう私が心に刻み込んだ最初のトラウマは、中学1年生のときだった。
 
通っていたのは都内の女子中学校。新しい環境に少しずつ慣れ始めた5月、新入生全員で合宿を行うという。合宿では、クラスもバラバラな、顔なじみのないメンバーで班分けされ、寸劇をすることとなった。班ごとに集まってシナリオを選び、2日間の練習の後、最終日にそれぞれの班が見せあう。順位が決められ、表彰などもあったように思う。
 
こんなイベントを行うと生徒たちの反応はきれいに二つに分かれる。やる気満々で劇に参加したい側と、それを少し冷めた目で眺める側である。当時、精神的にも子どもで、目立ちたがり屋だった私は、鼻息荒くやる気マックス。みんなの前で役を演じることにワクワクしていた。
 
配役は立候補制。それぞれの役に対して希望を聞かれる。もし、同じ役に複数の希望者がいる場合にはオーディションを行い、多数決で誰がふさわしいか選ぶこととなった。
 
なんとしても劇に出たい私は、そこですぐに戦略を練った。他の子と希望がかち合うと競争になってしまう。一方で、誰もが敬遠するであろう役を狙って、他にライバルがいなければ、その場で当選確実である!  かくして私は周りの女の子たちが最もやりたくなさそうな、「主人公の父親」というオッサン役に「やりますッ!」と手を挙げたのである。
 
この作戦は見事に功を奏し、その場で私は役を手に入れた。ところが、私はどちらかというと容姿も声も幼く見られるタイプである。明らかにキャラクターがかけ離れている。いや、むしろ真逆だ。私は「自分にその役ができるのか」という根本的な問題を、全く考えていなかったのだ。ただ自分が劇で目立ちたいという欲望だけで動いてしまった。
 
それが地獄の始まりであった。
 
練習が進むにつれ、同じ班の一部の人達から強烈なバッシングを受けるようになった。
「父親役、ひどくない?」
「よくあれでやるなんて言うよね……」
要するに「実力ないのに出てくんな!」ということである。しばらくのうちは負けん気から必死で耐えていた。しかし、本番前夜、うまくできない自分への失望も相まって、とうとう皆の前で涙がこぼれるのを止められなかった。部屋の隅で泣きじゃくった。みんな戸惑っていて、部屋中不穏な空気に包まれていた。
 
本番の日。まるで処刑台に向かうような気持ちで舞台に上がり、最後まで下手でみっともない演技をやりきった。横に立つ主人公役の子は、みんなが認める演劇部のエース。その落差の激しさといったら。完成度の高い劇を目指していたメンバーにとって、私はどれだけ迷惑に映っていたことだろう。
 
心にあったのはモーレツな後悔。これからは自分の実力を考えてから行動しよう……。
 
とはいえ、物覚えの悪い私は忘れた頃にまた、光に群がる蛾のようにスポットライトを浴びる場所へとフラフラと引き寄せられ、その度に似たような痛みを味わった。そんなトラウマ的体験を何回か繰り返す内、さすがの私にも骨の髄までその教訓が身に染みた。とにかく少しでも自信がないところには首を突っ込まない方が良い。これはかなり長い間強烈な私の呪いになった。「実力不足恐怖症」とでもいったら良いだろうか。
 
このようにして、すっかり消極的な私という人間ができあがった。なるべく、目立たぬよう、目立たぬよう、ひっそりと生きることに慣れていった。
 
 
 
そしてあの劇のトラウマから35年程が経った、現在。
 
会社員として長く働く中で、引っ込み思案の私でも、流れで組織をまとめる役割をあてがわれるようになった。正直に言って、お世辞にも仕事ができるとはいえない。しかも、相変わらず人前で何かをするのは絶望的に苦手だ。実力など全く伴わない。完全に身の程に合わない人事である。
 
当然周りの目が気になった。
前任のハイスペックなボスとは対照的に、急に頼りがいのない私を上司に迎えることになったメンバーたちはどう思っているだろう。
4月にあった辞令の後、1ヶ月間は重圧によるストレスでボロボロだった。
 
しかし、新緑の眩しい5月のある朝。近所の公園を散歩しながら、ふと気が付いた。今求められているのは決してヒーローじゃない。ただの役割だ。役割は誰かが担わなければならない。選ばれたのはただ年長だったというだけの理由かもしれない。しかし、その役を任されたのであれば全力でやろう。自分のためではなく、チームメンバーのために。
 
改めて私は心の中で「やりますッ!」と手を挙げた。35年前、オッサン役に立候補したあのときのように、まっすぐ。
 
それ以来、様々なことに対して、自ら手を挙げるようにしている。あくまでなるべく、だけれど。
もちろん、今でも変わらず人前に出るのは苦行だ。「グワァーッ!」などと奇声を発して顔を覆いたくなるような、恥ずかしい失態をさらすこともある。
でも、実際やってみると、感謝されることはあっても、文句を言われることはない。
 
あのときと違っていたのは、動機だ。
実力だとか、身の程だとか以上に、大事なのは多分立候補する“目的”だったのだ。チームで動くときには、個人のやりたいこととチームの目的の方向が大きく食い違えば、そりゃ反発もおきる。
しかし、チームの最善のためを思ってのチャレンジであれば、下手でもそれなりに応援される。少なくとも、私はそう信じている。それに、たとえ文句を言われようが堂々としていられるはずだ。
 
もし今、中学1年生の私にアドバイスができるのなら、こう言うだろう。
「まずみんなで魅力的な劇を作るという目的を最初に置きなさい。その上で、自分が最大限活かせる役割にアタックして!」と。
あの場面でバッシングしてきた相手にも問題はあったと思うが、劇の成功より自分のその場の欲望を優先させた自分も自分だった。
 
 
それが分かった今、もう、あの呪いに屈する必要はない。
 
ここに宣言しようと思う。これからも、身の程に合わないステージに遠慮なく手を挙げ続けることを。懲りずに、勇気をもって。
 
「身の程なんか、気にすんな」
 
 
 
 
***
 
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2022-02-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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