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美容院という名の決戦の地


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:渡辺諒(ライティング・ライブ名古屋会場)
 
 
美容院に行くことは負け戦だ。
小学生の頃の記憶を辿ると、当時10歳の僕はそう思い込んでいたことを今でも覚えている。
 
いや、正確に言えば、美容院なんて洒落た場所に小学生の丸刈り坊主が行っていたわけではなく、その頃は駅前の床屋へ月に1回のペースで通っていた。
母にもらった千円札を握りしめ、父の車で向かうのは行きつけの床屋。因縁の決戦の地だ。
 
「スポーツ刈りで!」
 
この一言が開戦の合図だった。今思えば身の毛もよだつようなオーダーの仕方だ。
オーダーを受けた担当の方は、迷いなくバリカンを手にし、他には何も聞かずにガチャリと5ミリカット用のカートリッジを装着する。ウィーーーーンとかき鳴らしながら、襟足から前髪にかけて線路のような1本の道を一気に引いていくのだ。それが2本、3本、4本と続き、最終的には平地となって軽く水で流したら、ハイ一丁上がり。
 
いや、丸刈りやんけ! と今の自分なら躊躇なく突っ込んでいることだろう。
 
とはいえ、当時の10歳の少年にとって、「スポーツ刈り」以外の選択肢は持ち合わせていない。ドラクエやポケモンで言えば、戦うための技が1つしかない状態だった。
加えて、小学生の頃、メガネなしでは目の前の人が誰かも判断がつかないほど目が悪かったのも僕の弱点だった。カットの前に唯一の防具であるメガネは没収され、返ってくるのは頭の上での激闘が綺麗に片付いた後なのだ。
 
このようにして、帰りの車の中では毎度のように「こんな風になる予定じゃなかったのに……」と敗北をかみしめていたのが僕の小中学生時代。
 
高校生になると、万年丸刈り坊主の僕も周りの影響を受けて美容院に通い始めるようになった。友達によると、どうやら「刈り上げ」と「ツーブロック」という髪型がイケているらしい。さらには、雑誌の写真を見せながら「こんな感じにしてください」と言えばそれに近い髪形にしてくれることも初めて知った。
小中学生の頃の僕が、無防備で槍一本で戦場に突っ込んでいたとすれば、高校生になった僕の両手にはロケットランチャーが抱えられ、防具もフル装備で、さらには戦場の地図まで持ち合わせているかのような気分だった。
 
こうして新しい武器を手に入れた僕は、友達に勧められた街の美容院の門をくぐった。床屋とは違い、待合室に女性もいることにちょっと緊張しながらも、頭の中では魔法の呪文を繰り返し唱え続けていた。
 
「刈り上げ、ツーブロック、この雑誌みたいに、刈り上げ、ツーブロック、この雑誌みたいに、刈り上げ……」
 
名前を呼ばれ、とうとう自分の番となった。
席に着くと鏡ごしに本日の決戦相手を確認する。茶髪にパーマ、前髪はふわりと横に流していて、口元には整った髭がある男性。いかにも美容師といったお洒落な面持ちに、うっ! とひるんだが、「今日はどうします?」と相手がお決まりのセリフを言った瞬間に、僕は自分の持っていた全ての武器を使って総攻撃を仕掛けた。
 
「ツーブロックで刈り上げでこんな感じの髪型にしてください!」
そう伝えたのと同時にバサッ! とテーブルの上に雑誌のページを開いて置く。
 
我ながら完璧な先制攻撃だった。
と、思いきや、なにやら相手の反応が薄い。
 
「……あのですね、ツーブロックと刈り上げは一緒にできないんですよ」
 
うん? こやつは何を言っているんだ? 美容院なのにできないのか? 僕は友達が言っていたようにちゃんと伝えたはずだそ? などと困惑していると、さらに美容師によるカウンター攻撃は続く。
 
「刈り上げっていうのは耳元の辺りまで短く刈ってしまう髪型で、ツーブロックというのはサイドの内側だけを刈り上げにして、その上から髪をカバーするようにかぶせる髪型です。なので、2つは全く相容れない髪型なのです」
 
鏡に映る自分の顔がみるみるうちに真っ赤になっていくのがわかった。さながら、全ての攻撃が跳ね返され、顔面が血だらけになっているかのようだった。僕は使えもしない武器をたくさん持ち込むだけ持ち込んで自爆してしまったのである。こうして僕の美容院デビューは大敗で終わりを迎えた。
 
もう美容院はこりごりだ。ついでに言えば男性の美容師さん恐怖症にもなりかけている。
とはいえ、ほっておいても髪はどんどん伸び続ける。まだ美容院で受けた傷が癒えていないにもかかわらず、またも僕を戦場へと向かわせようとするのだから無慈悲だ。
 
そんな僕を見かねて母が紹介してくれたのは、別の美容室で母がずっと担当してもらっている女性の美容師さんだった。もうすでに美容室で戦う気力をなくしていた僕は連れられるがままに席に座らされ、その美容師さんが聞いてくる質問にただ屍のように答えるだけであとはじっとしていた。
 
だがしかし、カットが始まり、薄目を開けて鏡をみているとなんだかこれまでとは様子が違うではないか。
高校生になってからはコンタクトレンズに変えていたため、自分の髪型は変わっていく途中の様子を見ることができたのだが、担当の美容師さんのスムーズな動きと、それに合わせて整っていく自分の髪型に見とれてしまっていた。
 
「毛量が多めで髪質もしっかりしているから、多めにすいて軽くしてみました。あとはクセも強めだからクセに沿って右側に流すように前髪は整えました。どうかな?」
 
完璧だった。
その方は僕が前から悩んでいたことを全て見通し、それを考慮してカットを進めてくれていたのだ。はじめて、「また次回もこの方に切ってもらいたい!」と、本気で思えた瞬間だった。
 
そしてその帰り道、自分が大きな勘違いをしていたことにも気がついた。
美容院は決戦場ではないのだと。ましてや担当の美容師さんは敵などではない。美容師さんは自分のコンディションを整えてくれる大切なパートナーなのである。だから武器なんて1つも持っていく必要はなかったのだ。自分の髪の好みや抱えている悩み、普段の髪型などを素直に伝え、ゆっくりと対話をしていくことが大事だったのだ。
 
その日担当してくれた方は、今でも変わらず僕の担当をしてくれている。もうかれこれ7年間くらいずっとその方に髪を整えてもらっていることになる。今では席についてちょっと会話をするだけで全て分かったように思い通りに切ってくれるほどの関係だ。
その方のおかげで、この数年間は美容院に行った次の日の自分が一番好きになることができている。
 
 
 
 
***
 
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2022-02-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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