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「卒業写真」に願いをこめて


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:今村ゆみ(「超」ライティング・ゼミ)
 
 
スーパーに立ち寄ったら松任谷由実の「卒業写真」が流れていて、ああ、もうそんな時期かと思う。
 
この曲を聞くと、2人の友人を思い出す。
 
1人目は、カラオケに行くとこの曲を必ず歌う友人。カラオケ映像の女の子が男の子の学ランの第二ボタンを指さすシーンが可愛くてお気に入りらしい。
残念ながら私の通った学校はブレザーだったため、そんな甘酸っぱいエピソードは目にしたことすら無いが。
 
もう1人は、私の卒業アルバムをあげてしまった……恐らくもう二度と会えない小学校時代のクラスメイトだった彼の事だ。
 
実は、私は卒業アルバムを1つも持っていない。
そもそも、卒業自体2回しかしたことが無いのだ。しかも、小学校と大学。とても極端である。
 
まず中学校は、中高一貫校に通っていたため卒業式というものがなかった。中学である前期課程の終了式というものがいわゆる卒業式にあたる。
高校の後期課程の途中で転校をしたのだが、その際諸々の事情で単位が足りず留年となり卒業が1年遅れそうだった。
そのため高校卒業程度認定試験を利用し、大学を受験。無事合格したため高校を中退して大学に進学している。
履歴書を書くのは複雑でめんどうくさいし、人に聞かれるたびに驚かれる経歴だが、話題に事欠かない楽しい人生をおくっていると思う。
家族には多大な迷惑をかけた時期もあり申し訳なく思うが、一切の後悔はしていない。
 
そんな事情で、私は今までに2回しか卒業をしたことがない。
大学には卒業アルバムなんてものはないので、元々手元にあったのは小学校の卒業アルバムのみだった。
 
そして、その卒業アルバムも人にあげてしまったのである。
 
 
卒業アルバムをあげてしまった彼は、私が小学校5、6年生の時のクラスメイトだった。
 
小学校5年生の夏休み明け、私が転校したクラスは少し異様だった。
今考えると、学級崩壊に近い状況だったのだと思う。どこかギスギスとした雰囲気の漂うクラスだった。
そのギスギスした空気の中心にいたのが彼だった。
 
転校生だった私は、全ての事情は知らない。そもそも本人が言わないのならわざわざ第三者から聞くような真似もしたくなかった。
けれど、彼の家が、いわゆる貧困家庭であること、それが原因で彼がクラスから酷く浮いていることは早々に察した。
 
それまで私がいた学校は周囲の施設の立地の関係で、圧倒的に親が公務員という子供が多かった。かく言う私の父も当時は公務員だ。
貧困といえるような家庭など見た事もない。
少々言い方は悪いかも知れないが、最初は驚いた。
 
それなりの日数、洗濯も入浴もしていないだろうことが伺える独特のすえた臭いと、それらに向けられる男子生徒の暴言。
避ける女子生徒。
どう見ても気付いているだろうに対処をしない教師。
 
今まで経験したクラスの中でも1番劣悪な状況だったと思う。
 
朝、学校に行く。
教室が足りずプレハブ小屋に用意されたその教室は、担任の遅刻によりホームルームの時間になっても鍵が開かず、生徒が前で待たされる事も度々あった。
授業が始まると、ほぼ数日に1回は彼が癇癪を起こし教室を飛び出す。
担任は追いかけもしない。授業を中断もしない。ただ、彼がいない状況で淡々と授業が進んでいく。
それが最初はとても衝撃だった。
 
ただ、そこで生活する以上はその環境に慣れるしかないのが転校生というものである。
その内、それは日常となった。
……とても嫌な日常ではあるが
 
そんな調子なので、最初私と彼の接点は酷く少なかったと思う。
彼は教室を飛び出す事がとても多かったし、クラスでも浮いておりそもそもクラスメイトとの会話自体が少ない。
 
ただ、時おり。本当に時おり彼から話しかけてくる時があった。
そもそもクラスの女子の半数近くは彼を避けているような状況だったのだ。反応も分からない転校生に話しかけるなんて、とても怖いことだろう。
しかも私は決して愛想も良くはない。
むしろ学校という環境が苦手過ぎて、クラス内での愛想なんぞ持ち合わせていないタイプの子供だった。
きっと、彼なりにすごく勇気を出して話しかけてくれていたのだろうと今では思う。
 
彼が話しかけてきてくれる時、私は至って普通に話していた。避けるでもない。積極的に話しかけるでもない。
普通の、他のクラスメイトに接する時と全く変わらない程度の対応。
私の彼に対する態度は常に普通であろうと心がけていた、と言う方が正しいかもしれない。
 
私は聖人君子じゃない。
ついでに性格もよろしくはない。
確かに彼は清潔とは言い難いし、その匂いに少し顔をしかめそうになる時もある。
けれども、本人のどうしようもないことで貶すことも、特別扱いする事もしたくはなかった。
自分自身がそれで(自分の場合は運動神経の壊滅的な悪さだったが)過去ろくな学校生活を送ってきていなかったし、1度苦手な友人を本人のどうしようもない理由で遠ざけ、傷付けて心底恥じた事があったからだ。
 
ただ時たま、数言話す程度。
でも、その時の彼は普段授業中に見えるような荒れた様子は全くない。
独特な早口と、くりくりした丸い目の特徴的な、可愛らしい男の子だった。
 
そんな日常が変化したのは6年生になった時だった。
 
クラスのメンバーはそのまま持ち上がりだったが、担任の教師が変わった。
新しい担任は、豪快でユーモアの溢れる女性教師だった。
当時からそれなりにお年はとっていたと思うのだが、本人曰く「お気に入りのアイドルと同じ年齢の27歳」との事。
よく笑う、ハキハキとした先生だった。
 
担任が変わったと同時に、様々な事が変わった。
以前の少しギスギスとした雰囲気は減り、クラス内に和気あいあいとした空気が増えた。
クラス全体で、何かしようという時間が増えた。
 
だが、1番変わったのは彼に関することだと思う。
 
彼が癇癪を起こしてクラスを飛び出すたびに、新しい担任は追いかけていった。
時にはその時限の授業が終わるまで戻ってこない事もあったが、適切に自習課題も出されていたため特に不満などはなかった。
それよりも、飛び出した彼を追いかける大人ができたことに安堵した。
 
放課後、担任と彼が勉強する姿を見ることが多くなった。
途中から転校してきた私はその時初めて知ったのだが、彼の勉強は小学校2年生から追いついていないようだった。
放課後、下学年の教科書やドリルを手に懸命に勉強する2人の姿は、ほぼ毎日見られる光景だった。
 
彼がクラスにいる時間が増えた。
放課後、一緒に帰るような日もあった。
先生と一緒に彼が解くドリルに記載される学年も、段々と6に近付いてくる。
気づけば、彼が教室から飛び出すような事は全く無くなっていた。
 
卒業式の日、彼からアルバムに寄せ書きを求められた事を覚えている。
自分がそれに何を書いたのかなどすっかりと忘れてしまったが、彼は晴れ晴れとした笑顔だった。
お互い自分の達成した事の誇らしさと、これからが楽しみであろう事が伺える笑顔で、彼と私はいつも通り、明日もまた会うような調子でさよならをした。
 
そうして、彼は地元の中学へ進み、私は受験の後、中等学校に通い始めた。
 
その後の彼については詳しくは知らない。
色々な噂は聞いた、いくつか悪い噂も聞いたがあくまで噂の域を出るものではなく、地元に残った友人たちもちゃんとした彼の状況というのは全く知らないようだった。
ただ、私の中の彼は卒業式で見たキラキラした笑顔のままで、どんな話を聞いてもそれが変わる事はなかったのである。
 
 
だから、本当に驚いたのだ。
大学の実習先で、彼に再会した時には。
 
大学の実習で行った先は、障がい児入所施設で様々な障がいを持つ子供の自立支援をしていた。
彼は、その施設の入所者としていたのだ。
 
元々、彼が障がいを持っていることすら私は知らなかった。
もしかしたら後からわかったことなのかもしれない。どういう経緯でそこに居たかは全く分からない。
 
久しぶりに会った彼は私をちゃんと覚えていてくれていて、以前と変わらない、くりくりとした丸い目を輝かせて声をかけてくれた。
 
彼は私たち実習生によくよく親切に話しかけてくれ、様々な障がいを持つ子供達と四苦八苦しながら接する様子に、しょっちゅう手助けをしてくれた。
 
空き時間には男子の実習生とスポーツの話でもりあがったり、私のところにきて昔の思い出話に花を咲かせるときもあった。
 
そんな実習が何日か過ぎた頃、彼は「卒業アルバムが見たい」と言い出した。
何でも家の事情で転々としている内に卒業アルバムを無くしてしまったらしい。
なるほど、と私たちは施設の方の許可を取り、翌日に私の持っていた卒業アルバムを持ってきた。
彼は大喜びでアルバムを眺めていたが、「しばらく貸してほしい」「来月実家に帰る予定があるので、その時に返しても大丈夫か」と私に頼んできた。
私は快く了承し、その日は軽くお茶でもしようと互いに楽しんで先の予定を話していた。
 
私たちが来月の話に花を咲かせる様子を、施設の方が少し困った様子で眺めていた事など、気付きもしなかったのだ。
 
そんな約束をした少し後、私は急に施設の方から呼び出された。
 
少し不安に思いつつ職員の方々の応接室に通され、そこで聞かされた一言は、彼に会わないで欲しいという言葉だった。
彼は、普通ならばもうその施設から出ている所を少々特殊な事情で施設に入所していたらしい。
他にも色々と説明されたと思うが、正直頭が真っ白で残りの事は一切覚えていない。
 
「君と彼が小学校からの友人だったのは彼からも聞いている」
「君が今でも彼をよい友人として接しているのもとてもよくわかる」
「ただ、もう小学校の頃のような友人関係は難しい」
 
そう説明された言葉に、実習先にも関わらず私は泣き出してしまったのだ。
当時の私は何も分かっていなかった。
彼が余りにもいつも通りだから、いや、私が彼に対していつも通りで居たかったから。少し考えればわかることを一切考えもしなかった。
確かに、その施設は彼の年齢では本来もう出ているはずで。
いつも通りでも、そこにいる以上何らかの複雑な事情があるはずで。
それらに何の疑問も抱かないように過ごしていた。
 
ぼろぼろと泣いてしまう私に、職員の方は「とても大事な友達なんだね」と温かく声をかけ慰めてくださった。
大事なんだろうか、特に親しいわけでもなかった。
ただ、確かに彼は私の友人だった。
 
机を隣に並べていたのに。
同じ帰り道を並んで帰って、他愛もない話をして。
一緒に過ごしていたのに。
なんでこんなに遠くなってしまったんだろう。
 
それが、今考えても、泣きだしそうになるくらいに悲しい。
 
泣き止む頃にはこの実習が終われば恐らくもう彼には二度と会えないのだということを覚悟した。
そして、卒業アルバムを彼にあげてしまう事を決めた。
 
最終日まで、私はうまく笑えていただろうか。未だにわからない。
彼には施設の方から会えないといわれたことは伝えなかった。
実習の最後の日、私たちは小学校の卒業式と同じように、明日もまた会うような調子でさよならを言いあって別れた。
 
その後、彼から連絡がきたことはない。
 
卒業アルバムをあげてしまった事を話せば当然のように母には叱られた。
そりゃそうだ。
「あなたには特に思い入れもないものかもしれないけど……」
と苦言を呈す母に申し訳ないなと思いつつも後悔はしていなかった。
 
あの学校にいたのは1年半と少し。
クラス替えもなかったので、他のクラスの子の事はほとんど知らなかった。
卒業アルバムに写る子は大半が話したこともない子達だ。
写真が撮られているのは運動会だったり、修学旅行だったり特別な日のできごとであって、ふとした時に思い出す日常の日々でもない。
しまいこんで見ないよりは、彼の手元にあった方がいいだろうと思ったのだ。
 
こうして、私の手元に唯一あった卒業アルバムは彼の手元に渡った。
 
この時期「卒業写真」が流れるたびに思うのだ。
未だにあの卒業アルバムは彼の手元にあるだろうか。
彼は、今、どうしているのだろうか。
 
きっと、恐らく、もう二度と会えない。
それでも彼は私の友人だ。
親友でも、特に仲が良かった訳でもないけれど、私にとって、彼は確かに未だに友人だ。
そして、あの小学校の最後の1年間の思い出が、彼にとっても様々な事が変わっただろうあの1年が写るあのアルバムが、彼にとって何かの支えになれるのならば私にとっても幸せだと思うのだ。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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