子どもが習い事を辞めて思ったこと
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記事 : 松下 幸子 (ライティング・ゼミ2月コース)
今日、子どもが3年半通った習い事の退会手続きをしてきた。親子ともに喜んで入会した時と比べ、私の気持ちは晴れなかった。なぜなら、習い事を辞めるという選択肢を初めに選んだのは子どもたちではなかったからだ。
子どもの習い事とはまさに親である私の修行だったのかも知れない。
今から3年半前、子どもたちは2人同時にスイミングを始めた。上の子が年長、下の子が年少だった。子どもの方からやりたいと言ってきたのではない。
「泳げるように、プールで練習したい?」
「うん、したい!」
といった軽いノリで、持ちかけたのは私のほうだった。スイミングを選んだことに、それほどはっきりとした理由があったわけではなかった。タイミングが合ったことが大きな理由だったように思う。それこそ年少の娘は上の子が習うのならついでに、とオマケみたいなものだった。
幼少期の子どもたちには膨大な時間と体力がある。その時間と体力、そして必然的にお金を使うならば〈子どもの興味を広げたい〉〈好きなことを見つけて楽しんで欲しい〉〈運が良ければ才能を開花させて欲しい〉そう思っていた。
そのために手っ取り早いのは習い事を始めることだった。
機会を見つけてはサッカー体験やボルダリング、ダンススクールに連れて行ったが、子どもの反応や教室の立地条件などが今ひとつでどこも通うには至らなかった。
ちょうどその頃、クラスの何人かがスイミングに通い始めたという。スイミングスクールが通える場所にあることにそれまで全く気づいていなかったが、小学校に上がると水泳の授業がある。泳ぎに慣れておくのも悪くない気がした。スイミングは夫も私も子どもの頃に習っていたのだし! そんな具合で体験レッスンに申し込むことにした。
「楽しかったからやりたい!」
嬉しそうに体験から戻ってきた2人の姿を見て、初めての習い事が始まったのだった。
習い始めの頃は、水に顔をつけたりもぐったりと、遊びを交えて先生が楽しく教えてくれた。毎月の進級試験に受かればワッペンが貰えることも、子どもたちの励みになるようだった。子どもたちの貰ったワッペンをスイミングキャップに縫い付けるのは私も毎回楽しかった。
ところが段々とワッペンを縫い付ける頻度が長くなっていった。
足の甲でしっかりバタ足が出来るようになるまで、次いでクロールの息継ぎや手の動きが出来るようになるまでに1年以上がかかった。
子どもたちのスクールでは20の達成級があったが、1年間でやっと進んだのは4つの級だ。若干兄の方が進みは早かったものの、これでは泳ぎがマスターできるのに何年かかるのだろうと感じ始めていた。
それでも子どもたちはへこたれることも、嫌がることもなく楽しくスイミングに通っていた。
ただ、親の方は「?」である。なぜそんなに時間がかかるのかと疑問だった。
ある日、久しぶりに子どもたちが泳ぐ様子を眺めてみると2人とも友達とおしゃべりに夢中になっている。泳ぐ順番になり先生に呼ばれてもなかなか気づかない。怒りが沸々と湧いてきた。「遊んでいるから進まないのだ!」
その夜、スイミングから帰ると私の怒りは爆発した。
「遊びに行かせているわけじゃない! きちんと練習しないならすぐに辞めなさい!」
話せば話すほど怒りが増して止まらない私の姿を見て、子どもたちもこれからはしっかり練習すると約束したが、実は怒りの本当の原因は子どもたちの練習態度でも進度でも無かった。周りのノイズに私は弱かったのだ。
近所のスクールに通う場合、おのずと元からの知り合いも多くなる。意図的かどうか分からないが、よその子の級に興味を持たないお母さんが多い一方で、会うたびにうちの子たちの級を聞いてくるママ友がいた。お互いの子どもがほとんど同じ時期にスイミングを始めたので気になったのだろうか。幸い向こうが曜日を変えてくれたので毎週会うことは無くなったが、たまに会うたび子どもたちの差がどんどん開いていることを親切に教えてくれた。もちろんうちの方が進みが遅かった。
子どもがなかなか進級出来ない事が気になっていた所へ、よそはどんどん進んでいく。
人は人だと思いつつも、うちの子たちには泳ぎのセンスがないのか? 私たちの努力が足りないのか? とネガティブな思いが離れなくなってしまった。
私のプレッシャーはストレートに子どもたちに伝播する。
「どうしたら合格できるか分かってる? こことここに注意して泳ぎなさい!」
受かるために休みは区民プールへ行き家族で練習し、プールに行かない時も動画で練習できると子どもを追い立てた。上達出来るようコーチにも相談したが、それでも進まない時には進まなかった。
試験に落ちれば私がとてもがっかりするのは子どもたちにも分かっていた。
親子ともに毎月の試験が大きなストレスとなったまま2年が過ぎた。
その状況をこれ以上長引かせない為、スイミングを一度リセットしようとの結論に至った。特に下の子はもう少し体が出来上がってからまた再開するのも、違うスクールへ通うのも良いかも知れない。ただ自信を無くして辞めるのだけは避けたかった。「この級に合格したらスイミングは一度終わりにしても良いんじゃないかな? 時間を他のことに使っても良いし」
そう伝えられるタイミングを待った。
これまではまだ辞めたくないと言っていた子どもたちも、その言葉に納得して辞める事となった。
子どもたちは泳ぐことが好きだ。
それ以上に、スイミングで出来た違う学年で違う学校の友達と会うことも楽しみにしていたようだ。スイミングに通っている中でコロナや周りの友達など、子どもたちの環境は日々変化した。その中でも自分らしく、逞しくやっていくという子どもたちの長所は、泳げるようになることと同じくらい素晴らしいことだったのかも知れない。
自分の進歩があまり感じられない時に、それでも楽しんで取り組めることはこれから先どのくらいあるだろうか。そう考えるとこのままスイミングを続けさせてあげられない事を申し訳なく思った。
子どもたちの為に始めた習い事で、私が意図せず彼らに教えてしまったこと、それは〈結果が全て〉〈なにごとも早い方がいい〉〈失敗はダメなこと〉という最悪のものだったと思う。習い事を通して親である私の弱さが明るみになってしまった。
他の子の級を頻繁に聞いてくる親はマウントを取りたい人だったのかも知れない。
新しいことを身につける為には人それぞれの時間が必要なはずなのに、早く早くと進歩を求めてしまった。周りに左右されず、2人の成長を焦らずに応援してあげられなくてごめんね。
「3年半よく頑張ったね」
子どもたちにはそう声をかけてあげたい。
***
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