メディアグランプリ

母親と息子の差


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記事:鈴木敬太(ライティング・ゼミ12月開講コース)
 
 
「これ以上、ご迷惑をお掛けするわけにはいきません……」
 
そう言って、涙をこらえるお母さんの姿に胸が詰まった。悪びれる様子を見せないばかりか、ヘラヘラしているようにさえ見える息子とは対照的だった。
「このガキ、はったおしたろか」
と、思いながら、言葉にできない虚しさを感じていた。
 
カタギリくんが入社してから、3年が経とうとしていた。明るく人懐っこい性格で、誰からも可愛がられるキャラだった。若さゆえの甘さもあるが、そのうちしっかりしてくるだろう、なんて考えていたが甘かった。お母さんが実家に連れて帰ることになるなんて、思いもしなかった。
 
2月ごろから勤怠不良が目立つようになり、話を聞くと「辞めようと思っています」と、漏らすようになった。理由もなくフラフラしている様子に、周囲からも心配の声が聞こえ始めていた。
それでも「退職の申し入れは、勤怠不良を指摘する面談で、ついでに告げるようなモンやないで。改めて言うておいで」と話すと、翌日には「辞めるのを撤回させてください。やっぱりちゃんとやって、自立しないとみっともないんで」などと言う。
なんとも言えない違和感を抱えながらも「ほんなら今日からしっかり頼むで」と背中を押せば、スッキリしたような様子で明るく働いてもいた。
3年近く育ててきた人員が欠けるのは、組織としても痛い。直属の上長や仲間のフォローを手厚くして、本人が出社しやすくなるような体制を模索し始めた矢先……。
 
「カタギリくんが来ません」
「連絡は?」
「無いです」
「電話掛けてみた?」
「電話も繋がらずラインも既読になりません」
 
無断欠勤と連絡がつかない状態が3日間続き、4日目には安否確認のために住まいを訪ねたが、本人の所在はわからなかった。
これはマズい、と、緊急連絡先のお母さんに電話したのが先週末だった。お母さんの反応には、どことなく「ヤッパリ……」が滲んでいた。
その日のうちに、お母さんから本人の安否確認ができたと連絡をもらい、ひとまずはホッとした。
 
翌日、お母さんから息子の出社を確認する電話が入った。無断欠勤の事実を伝えると、今日は行く、と約束でもしていたのだろう、呆れたようなやるせないような様子でお詫びをされ、週明けに会社に伺いたいと言う。謝罪と今後についてお話したい、と。捕まえることができたら、息子も一緒に連れて行く、と。
 
お母さんは、1日に1本しかない直行便の飛行機でやってくる。無断欠勤を繰り返す息子のために会社にくる心境を想像すると、いたたまれなかった。
 
そして週明けの今日、朝10時前に、お母さんがカタギリくんを連れてきた。挨拶を済ませ、席に着く。
 
「で、どうするよ? カタギリくん」
私の問いかけに、お母さんが口を開いた。
 
「この子の自由にさせていても全くアテになりませんので、明日にでも連れて帰ろうと思います。申し訳ないですがちゃんとさせようにも離れすぎていて、ままなりません。突然辞めさせるのもご迷惑になるのはわかっているのですが、この状況で私との約束すら守れないので無理だと思うのです。本人の意思・意見を聞くつもりはありません」
つくづくご尤もだった。が、私の意見も伝えた。
 
「新社会人として入ってもらい、出社時はしっかりやってくれていました。人とは異なる視点を持っていて、差し入れにお礼をくれたのも、イベントに誘ってくれたのも、新人ではカタギリくんだけでした。物怖じもしないし仲間を大切にしてくれる。当然、今後の成長に期待していましたし、今回の件は残念です。お母さんのお話は尊重しますが、雇用は会社と本人のモノですし、私は本人の考えを聞きたいです」
お母さんは頷いて、カタギリくんを促す。
 
「……。このまま居てもちゃんとできるかわからないので実家に帰ろうと思います……」
虚しさや違和感の正体がぼんやり見えてきた。何も考えていないのだ。本人が考えていないのに、伝わってくるモノがあろうはずがない。
 
「本人なりに頑張った部分もあるのかもしれませんが、これ以上ご迷惑をお掛けするわけにはいきません……」
このお母さんの話を最後に、カタギリくんの退職が決まった。
私の考えがまとまらず伝えきれなかったことがある。
 
「一生懸命に優るモノはない」
 
どんなに明るかろうが、愛想が良かろうが、芯が無ければ響かない。行動が伴わなければ言葉は上滑りする。
・辞めようと思っています
・辞めるのを撤回したいです
・ちゃんとやりたい、自立したい
・ちゃんとできるかわからない
全部、カタギリくんの言葉だ。
 
お母さんは違う。
緊急連絡を受けて、息子の安否を確認し、仕事や家の段取りをして、会社とやりとりして、飛んで来た。この3日間フルに動きながら、辞めさせる決断をしたのだ。息子を思う本気が行動に表れて、言葉が力を持った。お母さんの涙が芯となって私の心に響いた。お母さんは一生懸命だった。
 
カタギリくんに伝えたい。
「一生懸命に優るモノはない。君のお母さんを真似なさい」
たとえ、海に挑む蛙のようなものだとしても。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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