メディアグランプリ

歌うことに許可を出した日


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山本麻代(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
あれ……なんでこうなった……?
 
涙ボロボロで、顔はぐしゃぐしゃ。時折鼻水が出そうになって、ジュビジュビ吸い込む。そんなことをしながら私はピアノの音に合わせて「ふるさと」 を歌っていた。
 
おかしい。私はただ、もっと綺麗に、楽に発声できるようにならないかな、とボイストレーニングに申し込んだはずなのだが。歌いたいわけじゃない。なのに、なぜ歌っているのだろうか。
 
元夫のDVに耐えきられず、離婚。
さて、これからどう生きていけばいいのだろうか。幸い、仕事は離婚前に決まり、生活はなんとかなりそうだ。もう暴力にも暴言にも怯えることはないんだ! 自分の好きなことをやっていいんだ!
 
……というか、自分なにがしたいのだろう。
 
これまでは元夫の顔色をうかがって、これなら大丈夫だろう、ということばかりを選んできた。それは自分もやりたいことだよね、と言い聞かせつつ。
 
うーん、うーん。
 
あ、そうだ。
言語訓練を受け直したいと思っていたな。
 
先天性感音性難聴を持って生まれた私。難聴の程度にもよるが、感音性難聴は音が小さく聴こえるのみならず、音が歪んで聴こえるため、周りの声が正しく聴こえない。その聴こえ方は人それぞれで、私の場合だと基本的に母音の振動を感じて、口の形を見て、表情、目の色、前後の文脈から言葉を判別する。例えば、春の季節に多い挨拶、「初めまして」 私には「あいえあいえ」というように聴こえている。
 
周りの声がそう聴こえるので、自分もそんな発音になってしまう。かつ、自分の声も正しく聴こえないので、おかしいとは気が付かない。
 
どうも周りと違うようだぞ? うっすらとそう思い始めたのは小学校に上がってからだ。たまたま私の学年に音楽の先生がいらして、その先生は合唱コンクールを目指していたため、必然的に私の学年は合唱コンクールに出演する学年となった。
 
音楽の時間はほぼ歌の練習。テストもあり、不合格だった子たちは別で練習があり、再テストを受けさせられていた。私もその一人だった。
私なりに一生懸命歌い、合格点をもらえた。その時の喜びは今でも覚えている。
 
「これで明日からみんなと一緒に歌える!」
 
翌日の音楽の時間。みんなの中に居る自分が嬉しくてたまらなかった。
先生のピアノの演奏に合わせて歌い始め、しばらくすると先生がピアノを弾く手を止めて、こう言った。
 
「なんか変な声がするわ」
 
ざわざわ。
私は心臓がバクバクした。
 
と、私の周りに居た子たちが声を上げた。
 
「山本さんだよー」
「そうだよー」
「昨日までいなかったもん」
 
心臓が痛くなった。身体が硬くなる私。
 
困ったものだわ、そんな感じのため息をつきながら先生は言った。
 
「山本さん、後ろに行って立ってなさい」
 
恥ずかしいのと、悲しいのと、屈辱のと、もう感情の大暴走。泣きそうになるのを必死に堪えて後ろに行き、私は心を閉ざした。
 
「もう歌なんて歌わない」 そんな決意をしたわけではないけれど、それから歌わない子になった。歌わなくなって生きていけるさ。何も困らない、ふん。
 
その後、小学5年生から言語訓練が始まり、今では聴者(聴こえる人)並みの発音になった。それでも歌からは離れていた。
 
そんな私が初対面のボイストレーナーさんの前でボロボロ泣きながら歌っている。
おかしい、私は言語訓練のやり直しを希望したのであって、歌いたいわけじゃない。
「歌いたくない」 そう言ったはずだ。
 
トレーナーさんがまっすぐ私を見て言った。
 
「私は歌ってもいい、そう言ってごらん」 と。
 
なんてことない一言。でも言えない。言おうとすると喉がぎゅぅっと締め付けられる。
そんなわけない。私が歌っていいはずがない。そんな声が覆い被さる。
 
時間がただただ流れる。
しゃくり上げる声と鼻水をジュビジュビさせる音が広がる。
 
絞り出すように、「私は歌ってもいい」 言葉になっているような、なっていないような、そんな声を絞り出した。
 
「うん」 トレーナーさんが言う、「もう一回」
 
すぅ~はぁ~……深呼吸をして「私は歌ってもいい」 今度ははっきりと言葉にできた。
 
「もう一回」
「私は歌ってもいい」
 
何度繰り返しただろう。
繰り返す度に、私は歌いたかったのだ、心のままに歌いたかった、そんな声が腹の底から湧き出てきた。
 
私は歌いたい。
私が私に歌うことを許可した瞬間。
 
「歌わないで」 その一言は、合唱コンクールに受賞するという目的のためには、不調和音を起こす声があっては困る、ただそれだけの言葉で、先生としては私の存在を否定したつもりは毛頭なかったのかもしれない。卒業後、偶然音楽の先生に出会った時、先生は何も覚えていなかったのだから。
 
それでも私は自分の存在そのものを否定されたような気持ちだった。それが周りの、私への評価なのだと、小さな私はその想いを握りしめ、自分に罰を与え続けていた。
 
障害、という言葉を使うと特定的になるけれど、例えば、ぶさいくだから彼女彼氏ができない、とか、頭が悪いから稼げないとか、平凡だからつまらない人間だとか、色々当てはまるのではないだろうか。
 
「違う、そうじゃないのだよ。仮にそう言われたとしても、自分で自分をそのように扱うことはしなくていいのだよ」 トレーナーさんのその言葉で、私はトラウマから解放され、それは過去のひとつの出来事になった。
 
それから不定期的ながら、彼女のところに通い、自分の声に向き合ってきた。単に綺麗な声を出すのではなく、自分の本来の声を思い出すために。自分を表現するために。
 
それから数年後。私は歌っている。声ではなく、手話で、だ。口ばくだけれど、手で、全身で歌っている。
 
「私は歌ってもいい」
 
 
 
 
***
 
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2022-04-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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