メディアグランプリ

すごく親しい人か、赤の他人になら知られても良い話


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記事:西條みね子(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「温泉入るの、大丈夫なの? ってパパ達が言ってたんだけど」
 
隣に座る姪が、少し遠慮がちに話しかけてきた。
姉夫婦と、小学4年生になる姪と、私の4人で、郊外の川遊びに出かける途中の車の中のことだ。姉家族とは仲が良く、家が近いこともあり、時折、こうして一緒に遊びに出かける。
姉夫婦は車の運転席と助手席で、耳を澄ませていた。
川遊びの後で温泉に行く予定になっているのだが、姪が気にしているのは、私の胸に手術の傷跡があることなのだ。
 
 
一年ほど前に、少し大きめの手術をした。
命には全く別状はないのだが、胸に割とはっきりとした傷跡が残っているのである。綺麗にするには3年ほどかかるらしい。
 
手術から半年ほど経ったその年の暮れ、実家に私と姉家族が帰省した折も、姪は遠慮がちに言った。
「今日、一緒にお風呂入れないでしょ……?」
 
私と姪は仲が良く、いとこのいない姪にとっては私が最も年の近い親族であることもあり、姪と叔母というより友達のような関係である。どこかに一緒に泊まった時には、お風呂は私と入るのが通例になっていた。
おそらく、姉夫婦が、傷跡を気にするのでは、と口にしたのだろう。
 
「いや? 良いよ??」
私はさり気なく答えた。私自身がそれほど気にしていなかったこともあるが、多少、傷跡があることくらい、恥ずかしいことでも何でもなく、家族間で気にすることではないということを、姪に実感してもらいたかったのだ。
姪は嬉しそうに笑い、じゃあ、と一緒にお風呂に入った。風呂場で
「いや、ここんとこの傷がさー、絶対、こっちの方が上手く縫えてると思うんだよね」
などと、傷について意見などしながら風呂に入る。
以後、私と姉家族の間では、傷跡についてはアンタッチャブル領域ではなく、自然な会話の一部となった。私は目論見通りとなったことに、よしよし、と1人頷いたのである。
 
そして今回である。
我々の中では自然な話題になっていたが、公衆の温泉に入るのはどうなのか、と気にしているのだ。
 
センシティブで聞きにくいことを口にできる、姪の素直さを嬉しく思いながら、私は頭の中で居住まいを正した。
さあ、どう説明しよう。
子供というものは大人が思う以上に、ちゃんとわかっているものである。子供扱いをされている、ということも敏感に感じとるものだ。姪がカタコトで言葉を話し始めた時から、私は、姪には友人の1人と同じように、フラットに接しよう、と決めていた。
 
今回は前回よりも説明のハードルが上がる。
私自身がこの傷跡をどう捉えていて、どう社会と折り合いをつけているかを、誠実に言語化して、話さなければならない。しかも、わかりやすく。
 
「えーとね、こういうのって、すごーく親しい人か、それか、全く赤の他人には別に見られても良いって言うか」
「???」
 
いかんいかん、も少しわかりやすい例はないものか。
 
「例えば、Aちゃん(姪)も、学校でこういうことをクラス全員にオープンにするのって、ちょっと嫌でしょ? でも、すごく仲の良いお友達には、話しても良いかなって思うじゃない」
「うん。クラスみんなに言うのは嫌かも。Mちゃんに話すのはいいかもしれない」
Mちゃんと言うのは姪の1番の仲良しである。
「こういうのってさ、クラスメイト、くらいの、中途半端に知ってる人が1番困るんだよね。細かいことを知られたくない人にまで、手術のいきさつとか説明しないといけなくなるし。そもそも知られずにすむなら、そうしたいし」
「うんうん」
「だから私も、例えば会社の部署全体で温泉行く、みたいなのは、お風呂入るのはやめとくかも」
「なるほど」
 
ここまでは良い。さあ、ここからである。
 
「逆にさ、全く知らない赤の他人なら、知られてもどうでも良いわけよ。今から行く温泉とかもさ、その人たちとは二度と会わないじゃん」
「うん」
「温泉入ってる時に、チラッと傷跡が見えて『あれ?』とか思われるかもしれないけど、その人、二度と会わないし、大体、5分後には多分その人も忘れてるし」
「そうね」
「それよりもさ、そんな赤の他人に一瞬見られることを気にして、今日Aちゃんと温泉行くのやめたり、例えばお友達と旅行に行くのを諦めたりする方が、私の人生にとって、損なわけ!」
 
小学4年生の子にとって、親しい人に知られても恥ずかしくない、ということはまだ理解しやすいが、他人を気にしない、というのは少しハードルが上がるだろう。よっぽどマイペースな性格の子ならともかく、普通はまだまだ他人の目が気になるはずだ。
だからこそ、相手が忘れてしまうレベルの他人の目を気にして、自分の楽しみや行動が制限されるのは、その方がもったいないことである、ということを伝えたかった。押し付けるつもりはないが、少なくとも、今回の件では私自身はそう考えている、ということは伝えられるはずだ。
 
「ふんふん、なるほど」
姪は頷いた。
「すごーく親しい人か、赤の他人なら別に良いわけね」
「そうそう」
「すぐ忘れるしね」
「そうそう」
 
姪は納得したようだった。
 
これから先も、こう言った小さな疑問が、日常の中に紛れ込むことがあるだろう。その度に、私は姪に、少なくとも私はこう考えている、ということを誠実に伝えられたら良いなと思う。どう捉えるかは姪次第だが、姪の人生の中で、何らかの良い影響になればなお良しだ。
 
ブロロロロロ……
 
義兄がアクセルを踏み、車は真夏の日差しの中、軽快に走っていった。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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