メディアグランプリ

母に擬態する


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記事:冨井聖子(ライティングゼミ・4月コース)
 
 
「その人の立場にならないと物事の本質は見えてこない」と聞いたことがある。
子育ては、まさにそうで、自分が母になるまで気づかないことばかりだった。
母は母でしかなくて、それ以上でもそれ以下でもなかった。世間から見ると、ちょっと過保護だけど良い母親だったと思う。保育士だったから苦労したこともあるかもしれないが、折り紙も得意で、歌や絵も得意で、ピアノが弾けて、読み聞かせもしてくれて、子どもながらに面白い母だった。
でも今、自分が母になり、真似できない自分しかいない。
保育士ではない私は、読み聞かせも得意ではないし、積み木やブロックで遊ぶことはできない。遊んでいても面白さがわからない。一緒に工作をしていても、子どもたちより私が真剣になってしまう。そんな母親なのである。
しかし、一人の人間なのだから、いろんな顔があって当然なわけだ。
母としての顔。
妻としての顔。
嫁としての顔。
女としての顔。
友達としての顔。
子どもとしての顔。
後輩としての顔。
先輩としての顔。
上司としての顔。
部下としての顔。
どれか1つだけ見て、その人を語ることは到底できないが、だからと言って、全部を見ることはかなわない。
そんなことを最近感じるのである。
妊娠がわかると、マタニティ教室などで「妊娠している10ヶ月間は、母親になる準備ですよ」と言われる。時代が違ったり、出産経験がなかったり、男性の場合はご存じないかもしれないが。
 
「母親になる準備」って本当なのだろうか?
 
子どもが生まれたら、その命に対して責任がある。育てる楽しさもある。一緒に時を刻み、人生が交錯するから面白い音を奏でるし、経験できなかったことを経験させてもらえる。
でも、これはすでに経験したから感じることであって、当時は分からなかった。
母親になる準備と言われても、正直なところ、寝不足に耐えられる身体に変わり、自分の体が思うようにならない不自由さを体験し、赤ちゃんが生まれてからも同じことを経験した。いや、バージョンアップした寝不足と不自由さを味わう期間もあった。
そして思うんだ。
「生まれる前の方が平和だったかも」って。
 
やはり、母親ってどういう存在なんだろう?
 
何度、妊娠出産を繰り返しても、経験値はあまり貯まらない。
赤ちゃんにも個性があるから、その子にとっての母1年目。ゲームのように経験値がたまるのであれば、どんなに楽だっただろう。前世からの経験値があれば、赤ちゃんを抱きあげるだけで寝るという最強魔法も使えたかもしれない。
現実は違って、何人子供が増えたとしてもの、2人兄弟の母親1年目だったり、3人兄弟の母親1年目だったり。要領はよくなるかもしれないが、出産のたびにリセットに近いのかなと思う。
振り返って今、必死になって笑顔で子育てをして、必死になって家事をやって、気づけばここまで来た。
子どもたちのことは好きだし、愛してる。もちろん、主人のことも。
みんなが快適に過ごせるように、慣れない家事をし、慣れない育児をして、家族全員で成長してきた。その過程は、思い出としてみると、すごい宝物であるのも事実。
でも、誰かのために何かをし続けるのは、結構パワーのいることで、少しずつ少しずつ削れていく感覚が残る日もある。何が削れているのか、と聞かれても明確に答えられるわけではないし、どこが削れているのかわかるわけじゃない。削れているのは「夢」と呼ぶのか、「自己肯定感」と呼ぶのか、定かではない。
幸せの定義は人それぞれだからこそ、わかりにくいものでもある。
 
でも、確かに削れてる。これは間違いないんだ。
 
こんなもんでいいか。
あきらめも肝心よね。
ここはベストじゃないけどベターかな。
子どもがいるんだから、自分のためにって……ねぇ。
 
そう縛っていく。10代の恋愛至上主義のときみたいに、自分だけのために努力することを忘れていく。成長した分、人のために努力することを覚えていくけど、自分をないがしろにする術ばかり身に着ける。自分を後回しにするのが上手になる。「母」というたったひとつの面だけに重きを置いて、いろんな自分を納得させる。
 
本当、母親ってどんな存在なんだろう。
自分の親を見て育つから、そこが基準になるし、テレビの影響で理想を見つけて基準にする。オンオフをはっきりつけ、切り替えられるならまだいい。でも、不器用な人間だっているわけだ。
だからこそ、友達と遊んでいた日の後や、仕事の後には、意識して母に擬態する。
ちなみに、擬態って虫などが枯れ葉のまねっこするってこと。虫が枯葉のふりをして、鳥から身を守ったり、ほかの虫から身を守ったり、木の枝のふりをして「ここに自分はいないよ」って見せること。
話は戻って、自分が「いい母親」になれる自信はひとつもないし、これは本当に大丈夫なんだろうか、と思うこともたくさんある。でも、タスクに追われる毎日は事実で、逃げてもたまるだけ。
自信がない自分に目を向けて、考えたり落ち込んだりしてる暇はひとつもない。
気づくと1日が過ぎていく。気づくと夜になっていて、気づくと朝になっていて、また、ほんの少しだけ変わった「あたりまえっぽい日常」という日々が始まる。
 
でも、あっという間に子育ては終わる。世話をするという視点で見ると、確かに終わりが来る。小さいころのように「だっこ」と言わなくなるし、対等な大人として話し合えるときが、必ず来る。
 
たった数十年。
されど数十年。
 
削れてしまったものを取り戻すのは、なかなかに時間がかかる。
母親だって、1人の人間だから。疲れもするし、癒されたくなるし、ほっとしたくもなる。そうして、削れた部分の穴埋めをしている。
「母だから」という4文字で、我慢が正当化される時代ではないと思うんだ。
 
だからこそ、自分自身を見失わないように、母に擬態する。その擬態を楽しめるようになったとき、また何かわかるのかもしれない。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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