メディアグランプリ

「裸で生きるようになって、裸で歩かなくなった」という話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:大村隆(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
街なかを歩いていると、何となく違和感を覚えた。
「うん? どうしたんだろう。何だかおかしい……」
 
そう思った瞬間、理由が分かる。
 
ほぼ全裸で歩いているじゃないか……
身につけているのはパンツだけだ。顔が熱くなり、急に心臓がバクバクする。
マズい、あまりにもマズい!
 
ただ、周りを歩くスーツ姿の男性も、着飾った女性たちも、普通にすれ違っていく。誰ひとりとして、裸の僕に気付いていないようだ。
 
まだ間に合うかもしれない。いまのうちに、どこかに隠れなければ。物陰か、トイレか、どこでもいい、早く、早く……
 
そこで、目が覚める。全身にはじっとり汗が滲んでいる。
 
20代後半から、こんな夢を何度も見ていた。街並みや周囲を歩く人の姿などに違いはあるものの、自分だけが裸で、まだ気付かれていないということと、焦って目が覚めるところは変わらない。
 
最初のころは「おかしな夢」で片付けていた。だが、10回も20回も見つづけると、さすがにそうは思えなくなる。「いったい、何を反映しているのか?」「夢が伝えようとしていることは何だ?」そう自分に問い掛けるようになった。
 
「何かを隠している。それがいつバレてしまうのだろうかと、内心ビクビクしている」
 
単純に考えるなら、そういうことになるだろう。もちろん、知られたくない過去のひとつやふたつ、僕にもある。でも、それらがバレたところで、ちょっと恥ずかしいといった程度にすぎない。裸で街を歩くといったレベルのものでは全然ないのだ。
 
だから、夢の本当のメッセージについては、いくら考えても思い当たるところがなかった。
 
当時は報道関係の仕事をしていたので、毎日それなりに忙しかった。休みの日も携帯電話を手放すことはできず、大きな事故でも起きれば時間も状況も関係なく駆けつけなければならなかった。決して楽な仕事ではなかったが、結果的に20年近く続けた。
 
その後、独立して一人で仕事をするようになった。
すると、その夢はぱたりと見なくなった。
 
「あの夢をしばらく見ていない」。そう気付いたときにはホッとした。おそらく、組織を脱けて自分が本当にやりたいと「夢みていた」仕事で生きるようになったことが影響しているのだろう。
 
「どんなに着飾っても、おまえが自分を偽っていることは隠せない。いまのところ気付かれずにやり過ごせているだけだ。でも、そのうちおまえがフェイクなことは誰の目にも明らかになる。そうなる前に、本心で生きろよ」。夢は、きっとそういうメッセージだったのだ。
 
……と、都合よく解釈していた。そして、そんな夢のことも忘れていた。
 
ところが、先日「ドライブ・マイ・カー」という映画を観たことによって、久しぶりにあの夢のことを思い出した。
 
映画の主人公は、舞台俳優であり、演出家でもある男性。彼は妻の秘密を知りながら、それに気付かないフリをして生活している。つまり、実生活でも演技を続けていたのだ。舞台の本番に向けて繰り返される台本読みと、演技指導。観ているうちに、だんだんと舞台の稽古なのか、それとも映画のなかの現実のシーンなのか、その境界があいまいになっていく。
 
僕も、なにかを演じ、ごまかしながら生きているんじゃないだろうか?
 
見終わって、そんな気がした。
 
裸で歩く、あの夢。独立後に見なくなったのは、「本当にしたい仕事」で嘘のない毎日を送りはじめたからだと考えていたが、それが真実なのだろうか? 本当にしたい仕事、送りたい毎日を生きてきたと言えるだろうか……
 
認めたくはないが、答えはNOだ。
 
組織から脱けて、自分の力で生きていく。そのなかでは自分の意に沿わないこと、自分の求めている内容とは大きく違う仕事だってしなければならない場合もある。
 
もちろん会社員時代と比べると、違和感のある仕事を引き受ける頻度は減っている。自分で選べるのだから、当然だ。だけど断れない場合もあるし、立場上のヒエラルキーとして屈辱的な思いをぐっと飲み込まざるを得ないことも少なくない。組織という盾や、肩書きという鎧(よろい)を脱ぎ捨てて生きるということは、そういうこととセットともいえる。
 
裸で歩く夢を見なくなった理由。それは盾や鎧を捨てて、現実世界を裸で生きるようになったからではないだろうか。「夢見ていた」仕事をはじめたからというよりも、ほぼ全裸の状態で生きはじめたことで、夢を通じて伝える必要がなくなったのでは……
 
逆に、独立してからは「これが夢だったらいいのに」と願う日々もあった。無力感と不安に苛まれながら、出会う人のすべてが自分より立派に見え、どこか恥ずかしい気持ちで過ごした時期も。それはまさに、一人だけ裸で街なかを歩いているようなものだった。
 
そんな自分を受け入れられず、いつしか心に蓋をし、恥ずかしくないフリをして生きているのも事実だ。
 
「ドライブ・マイ・カー」で、主人公は自分の人生と真っ正面から向き合い、自身の心を深く見つめていく。そしてありのままの自分として、再び舞台に立つ。
 
どこかでまだ自分を恥ずかしいと感じている僕は、映画の主人公の境地にはほど遠い。
 
フェイクな自分を捨て、裸の自分として生きること。痛みを伴うとしても自分の真実から目を逸らさず、向き合うこと。そのためには逃げも、隠れもせず、この瞬間にも上演中の現実という名の舞台に全力で挑みつづけるしかない。たとえ鎧を着たままの人たちからどのように見られようとも。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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