メディアグランプリ

まっすぐな愛情とつくしの卵とじの味


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記事:近本由美子(ライティング・ゼミNEO)
 
 
未熟児に近い状態で生まれたわたしは、幼少期ずっと食が細く痩せていた。
母はそんなわたしの健康をいつも心配していた。
 
小学生の頃のわたしは母がせっせと作った魚料理もすき焼きもハンバーグもいつも残していた。どうにか食べさせようとして最後はわたしの前に座って食べ終わるまで母は待っている。すると余計に食べたくなくなる。沈黙の見つめ合いの時間の夕食。
 
そんなふうだから肌もカサカサして骨ばっていたわたしは、父から骨皮筋衛門(ほねかわすじえもん)とあだ名をつけられていた。
そして冬になると必ず風邪をひくので服を6枚くらい着せられ、達磨さんのようになって学校に通っていた。
 
母はよくわたしに
「由美ちゃんはカラダが弱いから」と呪文のように言っていた。
 
そんな言葉を繰り返し聞いていると、自分でも「あたしはカラダが弱いんだ」と思うようになる。
だけど小学生の頃、運動会の徒競走でいつもダントツ一番だった。
そんなわたしは本当にカラダが弱かったかどうかは定かではない。母が見るからにか細い娘をみてそう思い込んで心配していたにすぎなかったのかもしれない。
食べない娘は母にとって心配のタネとなった。
そして母の心配という愛情がわたしの頭の上の空の色をいつもどんよりと覆っている感じにしていた。
 
そんな我が家だったが、春の山菜取りは明るい記憶が残っている。
それはつくしやワラビを野山に採りにいく春休みやゴールデンウイークの恒例行事。
その時は、母が作ったお弁当をもって家から近くの未納連山や飛形山に出かけることだった。それがお金もかけずに夕飯のおかずにもありつける一石二鳥の休日の過ごし方だった。
「ねえー、どっか連れてってよ!」と弟が言うと、サラリーマンだった父は必ず近くの山に車を運転して連れていくのだ。
「なんだ、いつも同じところばっかり!」というと「じゃー、行かなくっていいんだぞ!」
と言葉が返ってきて家族で山に出かけるのだ。
 
そいう春の山の経験を何度か重ねると、どんなところでつくしが採れるのかが子どもながらにわかるようになる。日当たりの良い小川の田んぼのあぜ道や土手にスギナが生えていればそばにはつくしが見つかる可能性大。
 
つくしの頭は開いたものと閉じているものがある。つくしの頭の胞子が開いていないつくしのほうが苦みもあってそれを採るように母から教えられた。
でもそんなのばっかりだとたくさん採れない。母の教えに背いて、頭の開いたつくしも構わずにどんどんと採るのだ。袋に入れた量がかさばったほうが頑張った気にもなる。
 
つくしは採ったあとは、袴をとらなければならない。つくしを採るのは好きだけど、袴をとるのが苦手なわたしはすぐやめてしまっていた。
「根気がないからお姉ちゃんは駄目ね」と言われる横では妹は黙々とつくしの袴をとっていた。
そうして夕飯には、そのつくしの卵とじが出てくるのだ。
母の味付けは甘辛くご飯のおかずというものだった。
独特の苦みが美味しいと感じられず、小学生のわたしにとって、つくしは食べるものではなく採って遊ぶゲームだった。決して食べるものではなかった。
わたしはそれを一口だけ食べたらそれでおしまい。
食の細いわたしに母は何とか工夫して食べさせようとしていたが徒労におわるのだ。
中学2年の家庭訪問の時まで「うちの娘は食が細くカラダか弱いのが心配で」と担任の先生に話していたのを記憶している。
 
ところが、そんなわたしは激変していく。
高校生になって陸上部に入ってからだ。全国大会を目指していた部活動の練習量は食べなければもたない。お腹が空くということを初めて知ったのもこの頃だ。どんどん食事が美味しくなる。
そのうちわたしは家族が寝静まった後、コッソリと冷蔵庫の食べ物を探してまで食べるという女子高生に変貌を遂げていた。
母の心配な言葉はいつしか「もう、いい加減にしときなさい!」という食事制限の言葉に変わった。そんなわたしの制服のスカートはホックがいつもどっかに飛んでいきそうな勢いで、いつもパンパンだった。
夕食に沈黙してにらみっこしていた女の子はどこかへ消えてしまった。
母は食事の作り甲斐があってそれは嬉しそうだった。
 
バランスの良い食生活と部活動の成果は、推薦で東京の大学へ進学するということに
つながっていく。母の陰の功績のおかげだったとは随分後からになって思うことなのだけど。
 
 
東京に行ってしばらくして、妹から電話がかかってきた。
「おかあさん、お姉ちゃんが東京に行ってからしばらく夕飯の時、ぽろぽろ泣いてるよ。
あの子がいたら、夕飯のおかずは残さず全部食べてくれるのにって。夕飯のおかずの食べ残しでお姉ちゃんを思い出すらしいよ。なんかおかしいね」
 
それはわたしもおんなじだった。
なぜか母の料理が食べたくなるのだった。
心配性で愛情がねじれ気味な母だけど、毎日料理の準備をせっせとする母の愛情は変わらない物だった。
あの地味な色合いの田舎臭い料理が無性に恋しくなってくる。
欠かさず作ってくれていたお弁当も前日の晩からだしを取ってつくる毎朝のお味噌汁も無骨なほど真っすぐな愛情表現だったとは離れてみてはじめて気づくものだ。
 
そらから30数年。春になると近所の土手にわたしはつくしを取りに行く。
つくしを見ると春がやってきた喜びと嬉しさがじんわり湧いてくる。
わたしが作った つくしの卵とじをわたしの娘は「美味しいね」と食べてくれる。
そういって食べてくれる人がいるのは何より自分の歓びになっているのを感じる。
なのに、「おばあちゃんの方が美味しいけどね」と一言飛んできた。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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