メディアグランプリ

法医学教室に足を踏み入れた先に見えた世界とは


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:玉置裕香(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
紙一枚、なのにその紙が重いと感じる。
それはいつのころからだろう。
その紙にサインをするときは、一字一字間違いがないよう、私はいつも丁寧に書いていく。
 
 
医学部3年生のときだった。
当時の医学部では、大学3年生までは専攻として基礎医学を学び、4年生から病態を学ぶため臨床医学を、5年から臨床実習が始まった。
私が通っていた大学では基礎医学が終了したときに1か月間、どこかの基礎研究室で勉強を行うという期間があった。
基礎医学には生化学、免疫学、発生学、ウイルス学、病理学などさまざまな研究室がある。だれがどこの研究室にいくかをクラスの皆で決めていかなければならない。
代々の先輩たちから申し送りがあり、どこの研究室はどういう先生たちがいて、どんなことをしているかという情報が飛び交う。当然、人気のある研究室もあれば、不人気もある。
どこにいこうかな、と考えた時に私の場合はせっかくならば2度と行くことがないだろうという研究室を選んだ。
それは、法医学教室。
ご存じのように死因を究明していく“法医解剖”が大きな柱だ。
だがそこにはドラマや漫画に取り扱われるような華やかさはない。
犯罪に関連する死体を扱う司法解剖や、犯罪性はないが死因を究明する目的で行われる行政解剖がある。
その他にも、診療中以外に亡くなられた場合に死因や死亡時刻などを医学的に証明するために医師が行う死体検案がある。
簡単に言えば、病院以外で亡くなった人がなぜ死んだのか、いつ死んだのかを検討するのだ。
法医学の一般的な授業は座学である。死亡診断書の書き方、死んだ後の体の変化、特殊な死に認める特徴などを学ぶ。授業で初めて死亡診断書と死体検案書が同じ一枚の用紙だと知った。
法医解剖は授業では行われないため、興味があった。例年人気がある研究室のうちの一つであるが、その年は希望者が少なく、法医学教室に行くのはすぐに決まった。
 
はじめての研究室に私はドキドキした。同級生がほかに2人いた。
はじめに、助手の先生から説明があった。死体検案のためにいつ呼ばれるかわからないから、夜は当番制であること。3人の中で当番を決めて、電話がなったらすぐにくること。
解剖はいつあるかわからないから、その他の時間は解剖の勉強や病態について勉強すること。やることを色々いわれるが、まだ3年生なのだ。わかるわけがない。
ひとまず、警察に呼ばれ、いろんな現場に同行する日々が続いた。
そこで私は色んな遺体を見ることとなった。
はじめて行った現場は、朝方に奥さんが起きたら横で寝ている夫が死亡していた、とのことだった。警察の方たちと過去の病歴や年齢、現場の状況を見ながら、髄液検査をしていき、脳出血による死と判断された。
次の現場では、若い男性が自室で練炭を焚き、帰宅した家族が見つけて通報した症例だった。自室ではガムテープで内側から目張りがされていた。一酸化炭素中毒に特徴的な所見を認めた。状況から自殺であった。
そのほか、3週間近く姿を見かけないため近隣の通報で部屋の中に入ると、部屋の中には破損した女性の遺体と犬が一匹。女性には血液の病気があり、かかりつけ医に問い合わせ、病気による死因と判断された。遺体が喰いちぎられていたのは、エサがなく、お腹を空かせた犬が行ったものだと考えられた。
夜中に呼ばれたときは、一瞬直視ができなかった。認知症のある80代の女性。顔はキレイであったが、頭部の後ろ半分はなく、脳みそはぶっ飛んでいた。靴は片方履いていなかった。2日前より家族が行方不明の届け出を出していた。おそらく徘徊していたのだろう。電車とぶつかり、轢死であった。
その他にも、たくさんの遺体をみた。
遺体を検案した先生たちは死体検案書、という一枚の紙に死因を記入していった。
 
いろいろな死を見ていく日々になれてきたころ、法医解剖が行われた。それは、家族から承諾を得て行われる行政解剖だった。
遺体に不自然なところがないか、一つ一つの体の表面を確認していく。そして、体にメスをいれ、一つ一つの臓器の重さ、形態を見ながら体の中の異変をみていく。解剖する先生の側で私たちは手伝っていく。体中に異臭が染み付きながら、冷たくなった臓器の重さを手のひらで感じていった。解剖は数時間に及んだ。
会ったこともない目の前のヒトが、なぜ死んだのか?
体の中の情報と過去の記録から考えられる死因を挙げていく。
病気を知らなければ診断はできない。病気を知っていても、なぜ死んだのかを遺体は教えてくれない。矛盾がないか、色んなことを先生は検討をされた。
 
たくさんの“死”に遭遇して、気づいたことがあった。
普段私がニュースや、身近な話で聞く死はほんのごく一部だ。世の中は常に死が存在する。病気があるからと言って、病気で死ぬとは限らない。
遺体は語ることができない。なぜ死んだのか。誰も知ることはできない。
もっと生きたかった人が多くいるだろう。
 
でも、ただ一つ言えることは、もう生き返ることはないのだということ。
 
死体検案書や死亡診断書に名前を記入することは、もうこの世からその人がいなくなったことを示していた。
医学は生きる人のためにある。医師を目指すのであれば、生きる人のために、生きたいと強く思う人たちのために時間を使いたい。
“死”を身近に感じたことで、生きることを強く意識した時間だった。
 
 
あれから15年の月日が経つ。私は一般の臨床医として働いている。
今までたくさんの死をみてきた。癌の手術の執刀を行い、再発をして、最期を看取ったこともある。どんなに手を尽くしても悲しい別れは訪れる。
「最期を看取ってほしい」
それは患者さんから言われる最大の信頼の言葉だと思う。
 
一人の命が終えたとき。紙一枚だけが残る。
それはその人が生きた証。
丁寧に、間違いがないように、その紙に私はサインをしていく。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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