ある日突然医師から言われた手術宣告の先の学び
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記事:牧 奈穂 (ライティング・ゼミNEO)
「検査をした結果、腫瘍が良性かどうか分からないので、手術をおすすめします」
病院に軽い気持ちで聞きに行くと、いきなり医師から告げられる。
「えっ? 先生、それは、私がガンということですか?」私がたずねると、
「ですから、それがはっきりしないので、手術をしたほうがいいと言うことですよ。腫瘍がだいぶ大きいですから、経過観察というわけにはいかないですね。今日は、ひとまず帰って、ご家族と手術の日程を決めてきて下さいね」
予想もしていなかった言葉を聞いた瞬間、驚いて頭が真っ白になった。それと同時に、「これで仕事を堂々と休める」と思ったことを覚えている。息子が5歳の時に、私は、ガンかもしれない病と向き合うことになった。
この年、震災があった。やっと落ち着き出した夏、私は高熱を出した。真夏に39度近い熱が続く。自宅で英語教室を運営していた私は、夏期講習中で休んでいる場合ではなかった。インフルエンザという時期でもなかったから、夏風邪だと思っていた。
自宅で授業開始ギリギリまで寝て、熱のあるまま無理やり起き上がる。シャワーを浴び、辛い体を動かす。授業をしている時は、体のだるさを忘れることができ、立っていられない体でも立っていることができた。
その後、熱が下がると、手足がひどく痛み出した。リウマチのような症状だ。朝、手の指が痛くて動かせない。布巾が絞れないし、朝ご飯が作れないのだ。マグカップさえ片手では持てなくなった。膝も痛くなり、歩くのも大変な状態だ。熱がある体を無理したからだろうか? 強い痛み止めを毎日飲まないと、腕も上がらない。しばらく経ってから、リンゴ病だと分かった。大人のリンゴ病は重症化するそうで、頬が赤くなるようなかわいいものではない。分かるまでに様々な検査をする中で、偶然、甲状腺が悪いことが分かった。そして、細かく検査をすると、腫瘍があることが分かったのだ。
その年の1年ぐらい前から、私は仕事がしたくなくなっていた。授業をすると、喉がすぐ痛くなり、熱が出ないよう、いつも喉を気にしてばかりいた。熱を出したくないから、話したくない……気がつくと、仕事に対するやる気もなくなっていた。おそらく、それも橋本病の症状の一つだったのかもしれない。
「休める」ということに敏感に反応し、手術と聞いても、瞬間的に喜ぶ自分がいた。だが、冷静に考えるにつれて、初めて命と向き合う瞬間がやってきたことに愕然とした。手術の現実を考えると、怖くてたまらない。テレビの音や人の話、街の風景から、やたらと「死」というワードが入ってくる。震災で被害を受けたばかりなのに、ガンかもしれない現実にも向き合わねばならない。5歳の子のために生きたいと思うことは、欲深いことなのだろうか? 孤独感が募っていった。
一番の気掛かりは、幼い息子に、まだ人として伝えたいことも伝えられていないことだ。もし、手術が上手くいかなかったら……様々な不安が押し寄せてきた。体が弱い私なら、手術中に命を落とすことだってあるかもしれない。そして、もしガンだと分かった時、その事実を冷静に受け止められるだろうか? その後、どれだけ生きられるだろう? 誰にも言えない不安を抱えた日々が続いた。
その後、もしものために……と、私が伝えたいことが残るように、息子のために、たくさんの絵本を探し始めた。命について伝えるための絵本だ。私が伝えたいことが書かれてあると感じるものに出会うと、息子に読んで聞かせた。涙を流しながら、読んだことも何度もあった。息子のもとを去りたくない気持ちが増すほど、手術が不安になり、ある日、息子をひどく感情的に叱ってしまったことがある。
ハッと我に返る。「あぁ、ごめんね……手術が怖くてたまらなくて……」
正直に息子に謝った。すると、
「いいんだよ……」息子が、私に優しく言葉を返し、それ以上何も言わない。
怒りもせず、泣きもせず、じっと受け止めてくれる感じだ。5歳の息子が、その時の私の心を一番理解してくれていると感じた瞬間だった。
手術は成功し、幸い良性という結果だったものの、稀に悪性だということもあるそうだ。だから、5年は注意が必要だった。あれから10年が過ぎ、まだ再発はしていないが、私の甲状腺は一生よくなることはない。命を感じるような辛い病は、できることなら起きないほうが良いのかもしれない。だが、死に近づいたからこそ、見える世界もある。
時が過ぎ、優しさの塊のようだった息子は、私に意地悪ばかり言うようになった。それでもあの日、二人で読んだ絵本は、今でも私たちの心に深く残っている。息子と読んだ絵本の中のストーリーのように、自分自身がこの世を去った後に、人に与えたことがたくさん残るような生き方をしていきたい。それが、病が私達親子に教えてくれたことのような気がする。
***
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