メディアグランプリ

【音楽】は時を新鮮保存する【冷蔵庫】のようだ、その鮮やかな体験。


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記事:まつりか(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
その扉を開けると、
18歳の初夏の記憶が、急激に蘇った。
生々しい…
五感すべてが覚醒したような「当時」が、体の隅々まで入ってきた。
 
直射日光の当たる非常階段のむわっとする暑さも。
梅雨の薄暗い学生会館のホールに満ちた、雨のにおいも。
今はもう着ない、丈の短いスカートを履いていた自分が素足を組む感覚も、友達と話した学食のノイズも。
慣れない人間関係で、どう距離を問ったらいいかわからなかったことも。
 
 
作業BGMとしてなんとなく聴いていたラジオ。
流れた音楽が、すべてを呼び覚ました。
「聴いてください。ACIDMANで『赤橙』」
 
曲が終わった。
「この曲は、僕が大学の軽音楽部で、初めてコピーをしていたバンドの1曲です」
そう話すのは、バンド「indigo la End」などのボーカリスト、川谷絵音という人だった。
 
このラジオではその日、彼の人生の中で辿ってきた音楽を流していく、というテーマがあったようだ。
子どもの頃に聴いていた音楽や、バンドを始めた頃のエピソードなどをひとしきり話した後、番組の1曲目として流したのがこの曲。
当時、“バンドの音楽”がまだよくわからない中でコピーをしていたという。
音楽をやりたかったけどアウトプットを模索していた時代だったそうだ。
 
私も、18歳の時、大学の軽音楽部に入った。
それには理由があった。
 
子供の頃から楽器が好きで、5歳の時からピアノを。
10歳の時に小学校入学当初から憧れていた、器楽を始めた。
特定のジャンルで使われる“アルトホルン”という金管楽器を、入学から5年間思い続け、ついに念願叶って吹けるようになった。
その後もホルンが好きで、“フレンチホルン”という楽器に変えて続けていた。
中学校に入ってからは、アコースティックギターに憑りつかれて、家に帰るとひたすらに弾き続けていた。一軒家の実家の居間で。生音を躊躇なく響かせて。
それでも学校の部活では陸上をやっていたので、楽器はしばらく個人的な趣味になっていた。
 
大学に入学した時、やっぱり音楽をやりたいと思った。
人と音を重ねる“合奏”するのが、好きだったのだ。
やるとしたら大好きなフレンチホルンだったのだが、
当時の私はジャズバンドに好奇心がそそられていた。
 
しかし……
ジャズバンドでは、フレンチホルンは、使われない楽器だった。
ホルンにこだわりがあった一方で、クラシックではなくバンドがやりたかった。
ホルンにこだわりがあったから、“アンブシュア”と呼ばれる、「管楽器を吹く時の口の形」を“ホルン仕様”から変えたくなくて、バンドで使われるトランペットやトロンボーンに乗り換えようとは思えなかった。
 
そこで
どうせ楽器を変えることになるなら、一旦制限を解除しよう。
そこで選んだのが、軽音楽部だった。
 
けれど、バンドの音楽なんて、ほとんど知らなかった。
 
街で流れる流行の曲は耳にしていたし、話題の音楽番組でその姿を目にすることももちろんあった、が、自分がやるものとして考えたことはなかった。
だからパートは最初、何でもよかった。
バンドのことは知らないけど、音楽が好きだったから、どのパートも本当に魅力的だった。
最初の飲み会で一緒になった女の子が、好きなベーシストがいるという話をしていて、ベースを弾いてほしいと頼まれた。
 
ベースなんて。
まったく縁遠かった。
 
そうしてベースを始めた当初、私は戸惑う事ばかりだった。
 
指を動かして弦を弾くという、音の練習はすぐにできた。
けれど、どうやって曲想を付けたらいいのかが、全くわからなかった。
それまでやってきたアナログの楽器は、テクニックの他に感情のコントロールやイメージで音を出していた。そうして音が変わる、音を作る、という感覚があった。
 
ベースは初めての、電気の楽器。
音は触れば鳴るし、輪郭も画一的で、感情の乗せ方がわからなかったのだ。
 
考えてみれば、そもそも楽器の良さも、今ひとつわからなかった。
 
そこで、バンドの音楽が好きな学部の友達と学食で話していた時、教えてくれたいくつかの中にあったのが、ACIDMANだった。
 
この曲は、とても好きになった。
ACIDMANの『赤橙』という曲は、私も、バンドを始めた当初に、コピーしていた曲だったのだ。
当時の記憶は鮮明で、18歳以来この曲は弾いてなかったと思うけれど、最初の一音から最後の一音まで、すべて体が覚えている。指でも覚えているし、体でも、耳でも覚えていた。
 
 
川谷絵音という人は、私と年齢差3歳。同年代だった。
同じ時代に、東京の大学で、「軽音楽部」をやっていた人。
当時の記憶とともに、同じ時代を過ごしたこの人に、思いがけない親近感が湧いた。
 
レンジでチンしたら、温度も香りも生き返るように。
音楽を聴いたら五感が覚醒した。
温度も、香りも。鮮やかさも触感も歯ごたえも。
ものすごく、感情が高まり、心の底からワクワクする気持ちさえ再現された。
 
その曲は私に、「当時」を鮮明に、蘇らせた。
いや、解凍もいらなかった。
それならレンジもいらないな。
まるで、新鮮保存された、瑞々しい生野菜サラダを食べたようだった。
 
音楽は、時を新鮮保存する、冷蔵庫のようだな。
音楽の威力を思い知る。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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