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「インセンティブ」は日本語か?


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記事:工藤洋子(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
私は昔、広島のマツダで社内通訳として働いていたことがある。
ちょうど世紀が交代する2000年前後のことだ。
 
当時、マツダは経営難で筆頭株主のフォードから上は社長から下は部長クラスまで、多いときはおそらく20人以上の外国人がマツダに出向していた。だからこそ、私の仕事もあった、という訳だ。
 
社内ではあちこちでアメリカ式の経営文化が持ち込まれており、様々な会議でカタカナが飛び交っていた。通訳としていかに相手が分かるように訳すべきか、いつもいつも四苦八苦していたのも今ではよい思い出だ。
 
その頃、私が訳すのに困っていた言葉のひとつが、「インセンティブ」だった。
今でこそ、カタカナでそのまま「インセンティブ」といえば、ああ、なるほど、あれね? と理解してもらえる言葉としてビジネス界では定着した感があるが、2000年当時はまだけっしてそのままで万人が分かる言葉と認識していなかったように思う。
 
セールスマンが車をたくさん売る気になるための「インセンティブ」なら、訳語としては「奨励金」となる。だが、社内の経営的な観点で社員に対する「インセンティブ」と使われていたら、現金としての奨励金ではなく、より広義で「動機付け」という意味になるかもしれない。ましてや、それが “incentivise” などと動詞として使われていたら、カタカナのインセンティブでは太刀打ちできない事態となってしまう。
 
他にもそういうカタカナ語がある。
例えば、「コミットメント」はどうだろう。今聞くとなんとなく、ニュアンスつかめるのではないだろうか?
 
しかし、2000年の頃はまだまだ定着しておらず、とても訳しにくい言葉だった。実をいえば「コミット」は今でも訳しにくい概念ではある。しかし、何かを実行することを「約束する」といったニュアンスでなら、今は日本語で「コミット」とそのまま言っても大丈夫だろう。なんせ今では「結果にコミット」するライザップもあるしね。
 
このようにカタカナ語はそのまま英語になるものが多いとはいえ、日本語でより適した言葉があるものも存在する。中にはさも英語のようにカタカナで使われているが、実は和製英語でした、とか、意味が少し違っている、といった言葉もある。
 
日本語におけるカタカナは、このように便利である一方、意味内容がストレートに分かるものではなかったり、とトリッキーな一面も持っている。使いどころを選ぶ諸刃の剣のようなものだ。いや、場合によっては妖刀かもしれない。
 
このように難しい一面もあるカタカナ語が、今たくさん日本語で使われている。「日本人最大の発明は、ひらがなとカタカナだ」とまで言われるほど、日本の文化の発見に大きく貢献してきたのは間違いないのだが、言葉を生業にする人間から見ると、最近どうも猫も杓子もカタカナで、という風潮があるような気がしてならない。
 
特にビジネスではその傾向が顕著だ。
マーケティングの手法など、もともとアメリカで始まった概念を日本に持ってきているのだから、専門用語として使われているものは当然あるし、それは問題ないと思っている。でもカタカナの方が「かっこいい」とか「雰囲気が出る」と普段の会話で多用してしまうと、かえって意味がぼやけてお互いで共通理解が実はなされていない会話になることもある。
 
例えば、
 
「当社はイノベーションをコンティニューすることにコミットします」
 
などという文があったら、どうだろう?
言っていることの意味を即座につかめるだろうか?
ひょっとしたらこの人、はっきり言いたくないから誤魔化してるんじゃないだろうか、と穿った見方もしたくなってしまう。
 
そもそも言葉にはそれぞれ守備範囲があり、その範囲は英語と日本語でぴったり重なるものもないことはないが、ほとんどの言葉で微妙にずれていたり、実はほぼ重なっていなかったりすることもある。人の名前、ものの名称など名詞だと範囲がほぼイコールのことが多いが、言葉の意味を修飾する形容詞、動作を表す動詞、となると、100%重なることはまれである、と言っていいほどだ。
 
意味合いが違っている言葉の例として、
 
「ナイーブ」
 
を私はよく取り上げる。日本語だと、
 
[形動]飾りけがなく、素直であるさま。また、純粋で傷つきやすいさま。単純で未熟なさま。「ナイーブな感性」「ナイーブな性格」(『デジタル大辞泉』より)
 
という順序で意味が並べてあるが、英語では4番目の「単純で未熟なさま」というのが1番目の意味になる。素直は素直だとしても、その「素直」にたいして、よい意味より悪い意味合いの方が強い、ということだ。
 
どうだろう?
微妙なニュアンスの差はいつかどこかで大きな落とし穴になる可能性がありはしないだろうか?
 
また、カタカナ語は、英語の言葉の守備範囲の一部を切り取って日本語化しているためか、一般的に言葉の守備範囲が狭く、浅い。そう、言葉が浅くなってしまうのだ。これはとても残念なことではなかろうか。
 
あなたは「ナイーブ」な人間ですか?
それとも、「世間知らず」ですか?
 
カタカナを使うかどうかで、意味の分岐点から進む方向がずれてしまうかもしれませんよ。必要な部分ではカタカナ語は大いに使い、自分の考えを明らかにすればよいが、使う前に一度立ち止まって考えて欲しい、と二言語の狭間で仕事をする自分としては切に願うのだった。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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