メディアグランプリ

愛しき、もふもふで柔らかい存在


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鈴木みえ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
私の世界から色がひとつ、消えた。
大げさではなく、そう思った。
イメージでいうと深い深い緑色。安心感に包まれゆっくりと優しく癒される、そんな色だ。
 
18年間を共に過ごした愛する猫のピノが亡くなった。
 
3月初旬というのに、一足早く春が来たのか、と思わせるような暖かな日差し。
気持ちとは裏腹に青く晴れ渡った空と早咲きの桜がかえって心を曇らせた。
 
ピノは私達、家族の中で「仏」と呼んでいた。何かを悟っているような目をして、傍にいてくれるだけで安心した。とても穏やかで優しい子だった。
 
子供達が成長し、就職のため大阪に引っ越した後、私はピノとふたり仙台で暮らしを続けていた。
 
ピノが亡くなる3か月前に、地元である大阪に突然帰りたくなり、何かに背中を押されるように引っ越しをしたのは偶然ではないだろう。
 
私は仙台で23年間お店を経営していた。ちょうどコロナが蔓延し始め、対面の仕事だったのため生活は大きく変化し、営業が困難な状況だった。
 
ところが仕事がオンラインでもできることに気が付いた。そして、いつかは地元に戻ろうということは何となく考えており、今が働き方を変えるタイミングなのかな、とも思った。
 
ただ、ずっと続けてきたことで仕事は安定していたし、お客様にも恵まれていた。
大阪に戻るということは、いってみれば一からのスタートになる。
 
そんなに簡単に決めても良いことなのだろうか。一瞬頭をよぎるがなぜか迷いはなかった。
 
コロナ渦の状況はますます悪くなっており、仙台から大阪に移動する、という事が容易にできない時期だった。そのため新居を決めるために大阪に行けるチャンスは1回。しかも半日しか時間は取れなかった。
 
ペットが飼える物件、それだけが譲れない条件だった。予め地元の不動産屋にコンタクトを取り、その日を迎えた。
 
ペット可の物件は少なく、用意されていたのはたったの2軒。1軒目は新築なのに建物の印象が薄暗く、見た瞬間無理と感じた。それに比べるともうひとつの物件は明るく、契約することにした。
何とか決まった住まいは偶然にも娘が勤めている動物病院まで徒歩5分だった。
 
猫の18歳は人間でいうと88歳だそうだ。これまで大きな病気もなく元気だったからまだまだ長生きする、そう思っていた。
 
ところが大阪に引っ越しをしてから急にピノの体調がガクンと悪くなった。年齢による致し方ない症状だった。
 
毎週水曜日、注射と点滴をしてもらうため病院に連れていく。先生はできる限りの治療をして下さった。
 
あの日も朝、出勤前の娘にピノを預け、夕方迎えに行くことになっていた。
 
急変した、と連絡があったのは夕方近く。
 
珍しく定時で仕事を終えた息子が駆け付けるのを待っていたように、私と娘と息子の腕の中でピノは静かに息を引き取った。
 
娘と息子が大好きでまるで兄弟のように時を過ごした。この3カ月間はその頃に戻ったように頻繁に会え、子供達もピノも嬉しかったのだと思う。
 
暫くは、気持ちが張っていた。悲しいけど、きっとピノは幸せだったはず、そう思って「ピノ、最期にみんなと過ごせてよかったね」と話していた。
 
しかし、3か月が経った頃、私は身体の不調を感じた。そして、それ以上に無気力さが襲ってきた。何をしていても感情が動かず、笑えないし、段々泣けなくなってきたのだ。
 
なぜか顔が異常に腫れ、病院に行き検査をしてもらったが、原因がわからないということで大学病院に紹介状を書いてもらった。大学病院でも原因不明で検査、検査でいろんな科をたらい回しにされた。
薄々、ストレスや失望感が引き起こしているのかもしれないと感じていた。
 
どんな時が一番つらいのか、と考えてみた。すると、それは家に帰った瞬間ということに気が付いた。今までは、小走りで迎えに来てくれたピノがいくら呼んでも、いくら待っても来てくれないのだ。
 
「もう、ここに帰ってくるのが辛い……」
 
引っ越しをして僅か半年だったが、もうそんなことどうでも良かった。
 
1か月半後、私は新しい家に引っ越した。
ほどなくして、あの原因不明の顔の腫れは嘘のようにひいた。だが、心はなかなか元に戻らない。
 
心配した友人らは「新しい子をお迎えしたら?」と言ってくれる。
 
でも、怖かった。
 
また、あのお別れが襲うのだとしたら……。
 
そう考えるだけで心がどんどん固く閉ざされていった。そして、もう一生飼うことはないだろう、そう思っていた。
 
だが、出逢いは突然だった。
 
ピノが亡くなって1年後、ひょんなことがきっかけで真っ白な綿毛のようなふわふわな子と出逢った。その瞬間、急に光が射し込んだように世界がぱあっと明るくなったのだ。
 
失った色が戻ってきた訳ではなく、新たに薄い桜色が加わったのだ。
 
その子の柔らかい身体に触れる度にあんなに固く握りしめていた「傷つきたくない思い」が溶かされていくのを感じた。
 
お別れする悲しさを想像しながら過ごすより、今一緒に生きられる瞬間を大切にしていこう。本当に単純すぎて恥ずかしいのだが、そう思えた。
 
もちろん、ピノを思い出さない日はない。大切な宝物であることに変わりはない。
 
「ペットロス」という言葉があるように、家族同然の存在がいなくなることは心にとても大きなダメージを与える。
 
人それぞれ違うと思うが、私にとってペットは、どんな自分も取り繕わず見せることができる存在で、こんな姿や感情を見せたら嫌われる、なんて考えない。本来の自分を隠さず出すことができる貴重な存在なのだ。
 
そして、ただ無条件で愛しい。思うに、期待の感情がないのだ。可愛がったからその分、返して欲しいなんて微塵も考えない。そこにいてくれるだけで十分なのだ。
 
そんな風に愛することで自分に愛を循環させているのかもしれない。
 
ペットを飼うということは最期まで命の責任を持つことで、容易に勧められることではないし、アレルギーや一人暮らし、住居関係などで条件が整わないこともあるだろう。
 
ただ、もしペットとの生活を過ごしていたり、過ごした時間があるのだとすれば、そのご縁に感謝して、小さな身体から発せられる大きな愛をたくさん感じながら、お互いにとって幸せな時間を大切にして欲しいな、と思う。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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