メディアグランプリ

その料理人は「安くて美味い店」をやめた


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記事:よしかたよしこ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「なんか前の方が美味しかったね」
コース料理を出し終えると言われた。男にも自覚はあった。だが、ハッキリ言われるとショックだった。
言ったのは男の妻だ。男の料理を昔から知っていた。
 
東京で20年間、料理をやってきた。28の時に初めて自分で店を出し、失敗して、またやり直して。有名店で修行、みたいなことはしなかったけれど、イタリア料理協会のシェフ仲間たちと交流しながら、イタリア料理の基礎に独自で集めたアイディアを掛け合わせ、自分らしい料理を構築できている自信があった。
 
そんな折、京都に住む母の余命が宣告された。ちょうど店を移るタイミングだった男は、今ならば、と会社を辞め、京都に移ることにした。
関西生まれと言えど、東京生活の方が長い。京都に人脈はなかったが、たまたま友達になった飲食店の社長の誘いで、その会社の1店舗で料理長を任されることになった。
その店のメインの売上は歓送迎会等のパーティだった。コストを抑えた料理を大量に出す傍らで個人客の料理も作る。どうしてもこだわりを諦める部分が出てくる。これまで培ってきた技術を磨くどころか発揮もできていない焦り。そんな時、妻から言われたのだった。
 
母の最期は看取ることができた。京都にいる理由はもうない。今後の働き方をどうしようか。そう考えていた際、コロナ禍が訪れた。
 
飲食店は休業を要請された。でもこんな時間こそ有効活用だ。男はイタリア料理の歴史や食材を勉強し、スタッフたちにも勉強会を行った。常に考え更新し続けるんだ。これが男のポリシーだった。
休業が明け時短営業ができるようになると、これまでのメニューを一新した。パーティ需要はしばらく戻らないだろう。バタバタと飲食店が閉業していく中、生き残るためには、もっと心に残る料理を提供し、客単価を上げ、リピーターを増やさなければ。それに、自分も含めスタッフが成長できる店にするべきだ。
 
しかし社長とは意見が合わなかった。「安くしなければ、客は来てくれない」「そのうち客は戻ってくる」「今までやれたんだから、これからもできる。変えないで」
京都で20年も複数店舗を経営している社長だ。手腕はあるのだろう。だがコロナ禍で状況は変わった。これまでの考えを更新しなければならないんだ。幾度となく社長とぶつかり、そのうち男は会社の幹部から疎まれるようになっていた。こだわりたい食材も、男が選ぶ生産者からはコストが高いと言って仕入れさせてもらえなかった。
 
だが男の料理を好み、リピーターになってくれる人たちもいた。特に、近所で30年京料理屋を営む夫婦は男の大ファンで、家族や友達を連れ何度も来てくれた。「ほんまに天才シェフですわ」女将さんはそう言って男を称賛した。
手応えはある。高くても、いい料理を出せば喜んでお金を払ってくれる人たちはいるんだ。
理想の実現には自分で店をするしかない。だが、このコロナ禍で、1から店を始めるにはリスクがある。
 
そんな時、女将さんから声がかかった。「姉妹店を畳むことになりまして、そこでシェフ、お店やらはりまへんか?」
 
元は京町家の鉄板焼き屋。靴を脱いで畳の部屋に上がるとカウンター6席に小テーブルがいくつか。そのまま居抜きでイタリア料理屋というのもおもしろい。俺ひとりなら、カウンターで料理をしながら接客できる。話すのも得意分野だ。
女将さんが破格の家賃を申し出てくれた。妻の応援もあり、会社を辞めた。
 
店の立ち上げは何度もやっている。初めての時は初期投資をかけすぎた。皆そうかもしれない。初めての自分の店だ! と意気込み、集客には外装や内装をこだわらなければ、とお金をかけその回収で首が絞まる。
これまでの失敗を経て、男は引き算を知っていた。京町屋という素材がいいし足すものは少なくていい。揃えるものは必要最低限。それよりひとりで店をまわすために、仕事の動線を整え効率化を図ることが大事。
料理は8700円を中心としたコース3種で予約のみ。だが、不安はあった。自分は京都で無名の料理人だ。いきなり予約だけで客が来てくれるのか。飛び込み客用に手頃なアラカルト料理も用意しておくべきか。周りにも言われた。「コースだけだと行き辛いな」だがひとりでコースとアラカルトをまわすには手数が多すぎる。飛び込みに備えると食材のロスも出る。ちょい飲みで長居する客が増えるのも経営上厳しい。
妻に相談すると言われた。「やらなくていいよ」
前の方が美味しかったとハッキリ言う妻だ。その言葉に自信を持った。そうだ、ゆっくりコース料理を楽しんでくれるお客様の世界観を守るためにも、ターゲットとコンセプトを絞った方がいいんだ。
 
そして2022年1月、店はオープンした。食材は京都産にこだわらず、男がいいと思った各地の生産者からも直接仕入れる。その生産者や、家族、友達の鼻を高くできる店にしたい、これが男の目指すところ。大きく話題になっているわけではない。だが、じわじわと予約は増え、すでにリピーターも何人もいる。
先日有名なホテル評論家が来店し、SNSに上げてくれた。「かなり挑戦的なコース。にしてもガラガラ。これは絶対人気店になる。通うなら今」
男は笑った。ガラガラか。俺ひとりだから、これでも満席なんだけどな。
 
男の挑戦は始まったばかりだ。客に媚びることなく、自分がいいと思って表現した料理を、どれだけの人に愛してもらえるか。そして、関わった人、愛してくれた人の鼻を高くするために、男は考えること、更新することをやめない。こぢんまりとした京町家のイタリアン。ひっそりと、しかしものすごい熱量で、その店は今日も京都で暖簾を掲げている。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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