メディアグランプリ

呪いを解くピンクテープ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:吉見 泰広(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「7月いっぱいで退職させてください。」
 
先日、上司に退職を申し出た。人生で4回目の退職だ。
学生時代の私に会って「おまえは将来4回も退職するぞ」と言えば、不完全な人生を送っていることに絶望して気を失うに違いない。
 
私は「完璧」な人生を歩みたいと昔から思っていた。
中学生の頃、「プロジェクトX」というテレビ番組をよく見た。
社会を変えるような大きな事業を成し遂げたリーダーを追ったドキュメンタリーである。
彼らの語る言葉をノートにメモし、繰り返し読んだ。
「彼らのように生きられたら、かっこいい」
私たちの社会は、そのような生き方は素晴らしいという価値観を共有している。
何か一つのことを極めて、世の中に実績を名声を残すこと。命をかけても惜しくないものを見つけて打ち込むことこそ、生きる意味であり完璧な人生だと考えていた。
 
仕事を選ぶときも「これは人生を賭けるべきことか?」と繰り返し自問した。
最初は納得して始めるものの、次第に「完璧」とのギャップを感じ、疑問が積み重なっていく。
 
「このまま有限の時間を費やしていいのか?」
「本当に『完璧』な正解が別にあるかもしれない」
 
1つでも疑問が浮かび始めるといてもたってもいられず、別の道を探しはじめるのである。
仕事や趣味に完璧を見つけようとするも、続けられるものに出会えない。
ゲームのようにリセットボタンを押して、自分というキャラクターを完璧に育成しなおすことができないだろうか。次第に焦りと失望となり、自分の存在価値を見い出せなくなっていた。
 
「完璧」は私にとって呪いであった。呪いは、知らず知らずのうちに心身を蝕んでいたのだ。そして今年2月、うつ状態と診断された。
 
そんな時、鹿児島県の屋久島に住む友人から「久しぶりに遊びに来ない?」と連絡を受けたのだ。
「海から昇る朝日を見て、山の水を飲んで、何も心配することがなく生活できたら、きっとよくなる」
もう完璧からほど遠い人生なんだから、思いっきり休んでもいいじゃないか。私は一ヶ月間滞在することに決めた。
自然豊かな環境での長期滞在は、普通なら楽しくて仕方ないことだろう。しかし、私の心は感情を失っていた。何か変わるかもしれないというわずかな希望を感じて、島へ向かう船に乗り込んだ。
 
屋久島は森が豊かな島だ。滞在中は友人のガイドで何度か森林浴に出かけた。
 
澄んだ水と森の香り、目に入る全ての緑色や歌う鳥たちは、呪いの毒を少しづつ弱めてくれた。森で五感を使って過ごしていると、忘れていた感覚や感情が少しづつ取り戻されている実感があった。完璧を求める頭が、世界を感じる心を殺していたのだろう。
数千年の時間を生きてきた屋久杉を前に、自分の生き方を重ねる。
種が偶然落ちた場所でこんなに大きくなれると思っただろうか。数千年後には屋久杉になるかもしれない小さな芽は、数千年後など考えずただ今を生きているだけのようだ。
木々は賞賛を受けるためではなく、完璧も求めず、ただありのままに生きている。
 
ある日、森で過ごした後、車まで戻る途中の出来事だ。
道の目印となるピンクテープが見当たらなくなった。
森の中の道は、わずかな踏み跡を残し成長の早い植物にかき消されていく。そのため道が通っていることを示すピンク色のビニールテープが、一定の間隔で木の枝に巻かれているのだ。
「こんな所、通ってきたかな?」
来た道を引き返しているはずなのに、行きと帰りでは全く景色が違う。
しばらく行くと遠くにピンクテープが見えた。
「合ってたね。」
「でもこの区間はピンクテープは始めからなかったのかな?」
二人で首を捻りながら顔を見合わせた。
私たちはピンクテープをたどり、ここを通って行ったはずなのだ。
そして、ふと通ってきた道のりを振り返ると、見えなかったピンクテープが一列に見えたのだ。
「あ、ピンクテープが並んでる!」
あまりにきれいに並んでいたので、私たちは驚きの声をあげた。
「人生もこんな感じなのかもね」
友人の言葉で心に刺さったトゲが抜けた気がした。
歩いていく道に、はじめから完璧などないのかもしれない。
 
「完璧」とは、前から見えないもので、後から振り返ったときに初めて言えるものなのだろう。そもそも人生は不完全だし、環境に大きく振り回される。
それなら、その時その時に目の前に出てくるピンクテープを追いかけるように、面白そうなことを全てやっていこう。
完璧を選ぶために、見送ってきた不完全の数々が今は輝いている。後悔しているのだ。そして、たとえ不完全でも、私たちはありのままで輝いていいのだ。
 
屋久島から戻り、私は4回目の退職というピンクテープをたどることにした。
そして、その先にあるピンクテープに向けて一歩踏み出すのだ。
いつか振り返った時、ピンクテープはズラッと一列に並ぶはずだ。
そして、「完璧だ」と言える景色が目の前に広がる。
完璧の呪いは、その瞬間に全て解けるのだろう。
 
 
 
 
***

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2022-06-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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