メディアグランプリ

子どもが本当の人生を生きるために親ができるただ一つのこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:村田あゆみ(ライティング・ゼミ4月生)
 
 
何の音だろう?
 
晩ご飯の後片付けがおっくうでリビングでごろごろしている私の耳に「ブィーンブルブルブィーンブルブル」と聞き慣れない中低音が響く。ここのところ悪化している耳鳴りにしては変にリズムがあるし、明らかにキッチンの方からその音は響いてくる。
「はて、いったい音の出どころは何だ?」とキッチンの方に顔だけ向けてみる。
ドアのすき間から見えたのは、布巾かけの3本のアームを順ぐりに弾いては満足そうに聞き入っている小3の次男の姿だった。
「そんなことしてたら壊れちゃうよ」と喉まで出かかって、すんでのところでその言葉を飲み込む。何がおもしろいのか、あれこれ試行錯誤してはわずかな音の違いに聞き入ってご満悦な表情だ。と思ったら、今度はそのアームを階段状に並べて滑り台よろしく台拭きを滑らせてみている。そうかと思えば、アームの間隔を広げて台拭きが落ちるのを下で待ち構えてキャッチ! 何度目かの挑戦で床に落とさずつかまえられて、またまたご満悦の表情だ。
 
いつもだったら、壊れちゃうよと止めさせて、さっさとお風呂に入るように急き立てただろう。でも、動くのも声をかけるのもだるくってしばらく眺めているうちに、幼かったころの子どもたちの姿がよみがえってきた。
 
雨が降る朝の登園途中、壊れかけの雨どいから流れ落ちる雨水に足をさらしてびしょぬれにしながら不思議そうにそれを眺めていた顔。
つつじの花にせわしなく出たり入ったりするハチをじっと見入るあの視線。
きゃっきゃと笑い声を立てて舞い散る桜の花びらを追いかけるあの笑顔。
 
大人は何だかいつも忙しい。To doリストを書き出して、そいつをことごとく塗りつぶすことが生きがいのような毎日を繰り返す。私の生きがいはリストを塗りつぶすこととばかりに、何かに急き立てられるかのように作業に追われる。時間に追われる。ちょっと気になる景色が目に入っても、そこに立ち止まる時間を惜しんで先を急ぐ、それが大人なのだと言わんばかりに。まるで灰色の男たちに時間を奪われたモモの町の人たちのように。
 
でも本当は、ちょっと足を止めたいのだ。
ふくらみ始めた隣の家のバラのつぼみに手を伸ばしたいし、
いつも通り過ぎるあの脇道に足を踏み入れたいし、
ふと空を見上げて流れる雲に手を伸ばしたいのだ。
 
子どもから3つの「間」が失われたという話を、ここ5年くらいの間によく聞くようになった。「時間」「空間」「仲間」の3つの「間」。子どものタイムマネジメント講座が大人気だというから、いかに「隙間」を埋めるかに苦心する親の姿が透けて見えてくる。そうなのだ、この3つの「間」を失ったのは子どもだけではない。大人もまた、この「間」を失い、次から次へと追い立てられる人生を生きている。
「間」とは何か。
3つの「間」に共通するもの。それは、ゆとりであり、余白であり、遊び、豊かさ。
流れ落ちる雨水をただただ眺めていたように。
せわしないハチの動きに魅入られて時を忘れていたように。
ただその時を一心に生きる心の余白。
 
けれど、私たちはその余白を持つことが怖ろしい。前に進むことが良しとされてきて、立ち止まったり後戻りしたりすることは許されなかったから。回り道は無駄なことと教えられてきたから。前へ、前へ、前へ。だから、気になる景色に足を止めることなく目的地へと歩みを進めてしまうのだ。
けれど、そうして私たちが手にしたものはいったい何だろう。仕事の成果か、あるいは周囲からの賞賛か。すり減らした靴底に響くアスファルトの固さは心の固さではないだろうか。本当の人生とは、もっとやわらかくあたたかで、豊かなものだったはず。ゆったりとした大河のように、おだやかで周りを包み込みながら流れていくもの。
 
せまい日本、そんなに急いでどこへ行く。
何の標語かは知らないけれど、そんなに急いで、私たちはどこへ行こうというのだろう。
ほんの数分、手を止め、足を止めて、周りの景色を味わったところで、私たちが失うものは何もない。そっと触れたバラのつぼみに顔を近づければ、そのふくよかな香りが一日を包んでくれるだろう。ひょっこり入った脇道には、ふるさとに似た懐かしい家々が並んでいるかもしれない。
そんな小さな出来事の積み重ねが、心を潤し、世界に対する目を開かせていく。かつて、私たちが子どもだった時に、舞い散る桜の花びらをただひたすら追い続けていたように。本当は、私たちはぜんぶ知っている。世界がまぶしいほどに輝いて、美しさと純粋さを見せてくれていたことを。それがどれほどに人生を豊かで温かいものにしてくれているかを。
 
だから、私たち親が子どもにできるたった一つのことというのは、世界に対して開かれているその目を閉じさせないこと。子どもは生まれながらに生きることの豊かさを知っている。ただひたすらに心を傾けている時間を、私たちはそっと見守っているだけでいい。足を止める、その勇気を私たちが持つことなのだ。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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