メディアグランプリ

アザだらけの左手に、人生にとって大切なものを悟った


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:よしかたよしこ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
アラームが静寂を切り裂いた。至福の時間が一瞬で終わりを遂げた。
朝だ。仕事だ。
この独特のけだるさ。そうだ、昨日は夜中2時頃まで飲んで帰ってきたんだ。
まつ毛に指を触れる。柔らかい感覚。ちゃんと化粧は落としている。
服は、昨日着てたまま。シャワーを浴びなければ。
ゆっくりと起きバスルームに向かいながら、異変に気づいた。
ん? 左手が痛い。
手のひらを見つめた。いくつものアザができている。特に、親指の付け根あたりは紫色に変色していた。
……何だこれは?
 
昨晩は夫と共通の友達の3人で飲みに行った。自宅近く、京都の歓楽街。歩いて帰れる、という安心感もあり、2軒目はカラオケバーに流れた。コロナ禍の制限も緩和された頃。久しぶりのカラオケが楽しくて、ついつい夜中まで盛り上がってしまった。
 
左手のひら以外に怪我はない。転んだ記憶もない。
とは言え、自信はなかった。
私は酒飲みだ。お酒が強いかと聞かれたら、強いとは言えないが、弱くもないと思う。
とにかくお酒が大好きだ。お酒のある空間が大好きだ。
ただ、困ったことに、毎回記憶をどこかに置いてくる。
昨晩も、どうやって帰ったのか覚えていなかった。
 
まだ寝ている夫を置いてとりあえず仕事に向かい、あとから夫にLINEで聞いてみた。
「左手にアザができてるんだけど、昨日私何かあったっけ?」
「何だろう? ずっと一緒だったけど転んだりはしてないと思うよ」
 
飲んで記憶をなくすようになったのは、いつからだろうか。
ある時、母親から買い物を頼まれた。その日は飲み会があったため、その後に買って帰るつもりでいた。
気づいたら朝ベッドの上だった。しまった。頼まれた買い物を忘れてしまった。それどころか、駅に停めていた自転車も置いてきてしまった。
起きて冷蔵庫を開ける。びっくりした。頼まれていた物がそこに入っていた。外を見る。ちゃんと自転車が停まっていた。
何も記憶がない。
私の体を借りて、誰かが勝手に買い物をして自転車に乗って帰ってきたんじゃないか。そんな感覚。まだ20代の頃だ。
 
それからは記憶を飛ばすのは恒例行事。朝起きて体の数カ所に怪我ができていたら、あ、帰りに転んだんだな、と理解した。
でも今回は左手のひらだけ。一体何のアザなんだろう?
 
これだけ無茶にお酒を飲み続けてきて、致命的なトラブルを起こしていないのは幸運なのかもしれない。同じ会社に、酔っ払って転んで頭を打ち記憶喪失になってしまった人がいた。
もちろん、プチトラブルはある。気づいたらカバンがないとか、知らない人が横にいるとか、終電で終点まで爆睡しタクシー代で万札が飛ぶとか。「その話前にも聞いたよ」と言われて恥ずかしい思いをしたり。アルコール量が少ない人に比べて健康も蝕まれているだろう。飲んでいて気持ち悪くなったり吐いたりすることは滅多にないが、二日酔いなら日常茶飯事だ。
 
だけど、やっぱり私の人生にとってお酒はなくてはならないものなのだ。
私のひどい人見知り。コミュニケーション下手を助けてくれたのはいつもお酒だった。
すでに出来上がっているグループに溶け込むのが苦手。相手からどう見られているのか意識しすぎてしまい、何を喋っていいのかわからなくなってしまう。「私のことなんて誰も興味ないですよね」そんな気持ちでわざと空気のように振る舞ってしまう。だけどそれは本当は「私のことを知ってほしい。仲間に入りたい」の裏返し。それがうまく表現できない。
でもその時、お酒さえあれば状況が一変するのだ。
お酒好きな者同士には突然絆が発生する。「え、お酒好きなの? ビールよく飲むね!」
距離が遠いと思っていた人たちも、お酒という共通ツールがあることがわかると急速に仲間に入れてくれる、ような気がする。逆の立場でもそうだ。お酒好きなの? 嬉しい! どうぞどうぞ、こっちにいらっしゃい。そして緊張していた筋肉が弛緩して色んな話をすることができる。
 
だから人見知りの私でもひとり酒ができる。ひとりで初めての店に飲みに行き、お店の人や周りのお客さんとお喋りする。そんなことも楽しめるようになった。
それに、誰とも話さずひとりで飲んでいても、じわじわと、心の芯から幸福感が湧き上がってくるのだ。生きていてよかった。仕事があってよかった。健康でよかった。天気が良くてよかった。ありがとう。ありがとう。何だかわからないけれど感動してしまって、涙が滲むほどだ。
 
私はお酒との相性がいいのだろう。失敗もあるけれど、良いことの方が多いに違いない。
だから、このアザも何だかわからないけれど、まあ、いっか。
 
そう思っていたら、夫からLINEがきた。
「そのアザ、タンバリンの叩きすぎじゃない?」
……合点。
 
昨晩カラオケバーで、私、全員が歌うのに合わせて全力でタンバリンを叩いていたんだった。アザができるまで。
やっぱり、お酒はいいけどほどほどに飲もう。
そう思った二日酔いの朝だった。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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