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君、あとで社長室までくるように


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:光山ミツロウ(ライティング・ゼミNEO)
 
 
「先日はご馳走さまでしたっ! 楽しかったですね!」
 
見つかってしまった、と思った。
 
キラッキラの笑顔で、彼女にそう話しかけられた私は、穴があったら入りたかった。
 
が、大勢の人の前で、立場的にも、彼女を無視するわけにはいかなかった。
 
「あっ、やっ、ご無沙汰しております。先日はどうも……大変な失礼を……いたしました」
 
「先日」とはうって変わって真っ昼間に、しらふで、かつスーツを着ていた私は、直立不動でそう彼女に御挨拶をした。
 
案の定、彼女が私に声を掛けた、そのありえない事態に、社長、重役、先輩社員……その場にいた全員が驚愕し、彼らの視線が一斉に私に飛んで来た。
 
四方八方から山賊に吹き矢で、一斉に毒矢を吹かれたような、そんな気分だった。
矢尻にたっぷりと塗られた猛毒によって、私は脳がしびれ、ろれつが回らず、言葉を失った。
 
「朝までコースでしたね! また是非ぜひ!」
 
さすがは女優、毒に侵されつつある私など、全く気にするそぶりもなく、彼女はその大きな瞳を輝かせて、無邪気にそう言い放った。
 
私はもう何も、考えることができなかった。
 
周りは騒然としていた。
 
あの人、何者?
あの女優さんと知り合いなの?
朝までってあの新人、彼女のなんなの?
 
全員の顔にそう書いてあった。
 
女性社員などはあちこちで、汚いものを見る目つきで私を見やり、噂話でもするかのようにヒソヒソと、何かをささやき合っていた。
 
猛毒によっていよいよ私は、絶命寸前だった。
 
事態を収束する必要があると思ったのか、入社以来、一度も個別で話したことのなかった社長が、私の目の前に歩み寄って来た。
 
「君、あとで社長室までくるように、ね」
 
彼はまっすぐに私の目を見て、ハッキリとそう言った。
会社のイメージキャラクターとなる彼女の手前、社長の顔は笑顔ではあった。
が、毒に侵されつつあった私には、その目は一切笑っていないように見えた。
 
「君、あとで社長室まで、白装束でくるように、ね」
 
絶命寸前の私には、そう聞こえた。
社長の目は、白装束の私を、ひと思いに介錯する介錯人のような、そんな不気味な静けさを漂わせていた。
 
終わった、と思った。
この会社でのキャリアは、全て終わった。
 
私は穴が……いや、重厚なシェルターがあったら入りたかった。
 
以前、勤めていた会社での話だ。
 
私はその会社に中途採用で入社していた。
転職をして数週間が経ったある日、一通の社内メールが回って来た。
 
そこには、会社で新しいイメージキャラクターの女性が正式に決まったこと、そして数日後に御本人が来社されるので、エントランスにて全社員でお出迎えすること等が記載されていた。
 
事前に社内に流れていた話では、その女性は若い女優さんらしいとのことだった。
これまで、イメージキャラクターを抱えるような大きな組織で働いたことのなかった私は、さすが規模の大きな会社は違うよな、女優って誰だろうと、のんきに思っていた。
 
が、それもつかの間、メールに添付してあった写真を見て、私は腰を抜かした。
 
「えっ!?」
 
一瞬、息が出来なくなり、椅子から転げ落ちそうになった。
 
「はい、カアアット! 光山ちゃん、もうちょい派手にいこうか! ここ大事なシーンだからさあ! よし、TAKE2いこう!」
 
そんなステレオタイプな、ディレクターの怒声が聞こえて来て欲しかった。
 
が、これは現実だった。
ディレクターもいなければ、カメラも照明もない。
TAKE1しかない、現実だったのだ。
 
写真を目にした私は、心の底から驚いていた。
というのも、私はその女性を知っていたからだ。
 
「そりゃ、女優さんなんだから、ドラマとか観てれば、知ってるでしょうよ普通」と思われる向きもあるだろう。
 
しかし私は、彼女を女優として知っていたわけではなかった。
 
私は彼女を、一緒に朝まで飲んだことのある、綺麗だけど何をしてるか良く分からない人、として記憶していたのだった。
 
時は、転職する2ヶ月ほど前にさかのぼる。
 
当時、前職から次のキャリアへの移行期間だった私は、つかの間の人生の休息とばかり、夜な夜な楽しく飲み歩いていた。
 
そんな時に、偶然出会ったのが彼女だった。
 
彼女とは、都心のターミナル駅近くにある、小さなおでん屋で出会った。
そのおでん屋は、戦後の闇市から発展したと思しき、古い飲み屋街の一角にあった。
 
5人も入れば満席になるその店は、そのキャパだからこそ、酒呑み同士がすぐに打ち解け合える、そんな気さくな雰囲気のある店だった。
 
60代と思しき酒好きな女店主の、竹を割ったような性格と、その毒舌キャラも相まって、私は足繁く通っていた。
 
その日は、平日の真夜中だった。
 
いつものようにおでん屋に入ろうと、外から狭い店内を覗くと、綺麗な女性が2人。
女店主も含め、皆、ほろ酔いで楽しく飲んでいる雰囲気が、店の外まで漏れていた。
 
私は酔った頭で、それでも一応、必死にポーカーフェイスを決めに決め、先客に失礼のないよう、紳士然として暖簾をくぐり、女店主がぶっきらぼうに差し出す瓶ビールを受け取った。
 
が、私のポーカーフェイスが崩れるまで、5秒とかからなかった。
 
「なによあんた、まじめくさった顔して入ってきてさあ!」
 
女店主にはバレバレだっだのだ。
 
「あ、わかった? いやちょっと、邪魔しちゃいけないと思って、気遣ってさあ」と私。
 
「だったら、入ってこなきゃいいんだよう! それ飲んだら、帰っていいよ!」
 
「ギャフン! 乾杯くらいさせてよう!」
 
そんな、お馴染みのやり取りをきっかけとして、私は話の輪に入ることができた……じゃなくて、入れて頂くことができたのであった。
 
そこから話していくうちに分かったのは、先客の2人は友人同士で、初めてこの店に来たとのことだった。
 
そして何を隠そう、そのうちの一人が、私の転職先のイメージキャラクターとなる、例の女優の彼女だったのである。
 
後で知ったことだが、当時、いわゆる「月9」や「連続テレビ小説」にも(小さな役ではあったが)出演していた彼女には、それなりの知名度があったらしいのだった。
 
何となく2人とも美人ではあるし、いわゆる業界的な仕事をしている方々なのかな、とは思った。
 
が、酒場の初対面で、互いのなりわいを、その場の空気に反して、しかも個人的興味から明らかにすることほど、野暮なことはない。
 
私たち4人は、女店主と私のやり合いや、くだらないバカ話をつまみに、深い時間まで、というかほぼ朝まで盛り上がり、名前はもちろんのこと、互いの素性には一切触れずに「じゃ!」と解散したのであった。
 
「この人、女優だったのか……しかも、イメージキャラクターって」
 
それからというもの、私はだだっ広いオフィスで、あの夜を思い出しては、ひとり緊張を走らせていた。
来社される当日まで、生きた心地がしなかった。
 
そうして、誰にも言えずに当日を迎えた、というわけであった。
 
「君、あとで社長室までくるように、ね」
 
当日の夕方、全ての段取りが終了し、彼女が帰途に着いたあと、私は上司と共に社長室に呼ばれた。
 
死を覚悟していた私に、社長は言った。
 
「喜んでくださってたよ! びっくりしたけど、楽しい方もいらっしゃるんですねって」
 
介錯されるかと思ったら、渡されたのは解毒剤であった。
 
私はその後しばらくして、別の理由でその会社を辞めた。
 
彼女は今も、イメージキャラクターを続けている。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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