いかつい杖とふわふわワンピースの想い出
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:峰風仁香(ライティング・ライブ大阪会場)
コロナ禍真っ只中の2020年3月、
わたしは人生二度目の、杖をつく生活を送っていた。
2019年5月。
「痛い!」
突然、左足の裏側にテニスボール状の腫れが起こった。
痛くて痛くて、足を地面におろすことができない。
神経?筋肉?もしかして細菌?なんの病気?
あせって総合病院でいくつも検査を受け、最終的にはMRIまで受けたのだが、
結局根本の原因はわからずじまい。
痛みがひどく、何かの補助なしにはまともに歩けないことから、
一時的に、家にあった祖父の形見の杖を使って、ようやく仕事に出ていた時期があった。
その時は、どういうわけか3週間ほどで腫れが徐々に治まり、
一体なんだったんだろう、でもおおごとじゃなくて良かった……と思いながら日常に戻ったのだが、
その10か月後、忘れかけていたころに、またしても左足に不具合が生じたのだ。
ある日、家の前のゆるい下り坂で、急に歩く動作の制御がきかなくなり、
まるで早回しの映像のように
「とととと……あれ?止まらない???」と足がもつれて、そのまま全身で転倒。
衝撃が強すぎて何が起こったのかわからないながらも、なんとか立ち上がってみたら、
左足の甲が、自分の意志では1ミリも持ち上がらなくなってしまっていた。
「ええ! また左足がおかしい……」
足裏のテニスボール状の腫れとは全く違う、
今度は足の甲が、まるで引っ張られていないあやつり人形のようにべろーんと伸びきり、
「力が入らず思った方向に動かせない、上に持ち上がらない」という状態。
そこからしばらく、それまでの人生で一番不自由な生活を過ごすことになる。
片足がたった10センチほど動かせないだけで、全身のバランスへの影響が半端じゃないのだ。
家の中の階段では、なんども転げ落ちそうになったり、
駅や外出先でも、わずか数ミリの段差に引っ掛かっては、
まるでドリフターズのコントのように顔からドテーっと転倒、
そのたびに周りの見ず知らずの方に「大丈夫かー!」と助け起こしていただくことが常となるような日々。
外どころか家の中でも杖が手放せない。
原因も対処法もわからない。
とにかく、考えうる治療をするしかない。
さまざまな考えが頭をめぐり、夜、1時間ごとに目覚めては、無理やり目を閉じる毎日。
そんな心身ともにフラフラのわたしの再び相棒になったのが、祖父の古めかしい杖だった。
長男の初孫だったわたしは、ことのほか父方の祖父、祖母に可愛がられていた。
特に祖父に至っては、いちども叱られたりした記憶がない。
昔の写真を見ると、すべて笑顔、笑顔、笑顔……小さくておしゃまなわたしを抱いて、顔をほころばせている祖父しか写っていないくらいだ。
その大好きだった祖父が遺した、まるで政治家のような古めかしいステッキ状の杖。
女性用ではもちろんなく、今風のおしゃれなところなどみじんもない、持ち手がごつごつしている形状のものだったが、
治療に出向いたり、どうしてもの仕事に出勤するときには、必ず持って出かけた。
転ばないように、ゆっくり、ゆっくり、亀のように移動しながら、
このまま足が動かないかもしれない……
ずっと杖が手放せない生活になるかもしれない……
無限ループする不安、感情の波に飲み込まれそうになるたびに、ごつごつした持ち手をぎゅーっと握る。
それはまるで、幼いころ、もみじのような小さなわたしの手を祖父が包んでくれたように、
大人のわたしと、この世にはいない祖父が、いま手を繋ぎながら歩いている気がして、
自分の身体の一部のような存在になっていたのだ。
よくなる兆しの見えない数か月後のある日、外出をする際、
それまで人目を気にしてパンツばかりだったわたしは、思い切ってワンピースを着てみた。
足元にはハイヒール。
杖+ワンピース+ハイヒールという違和感!
ターミナル駅で、周りの視線が突き刺さる。
「なんだこの人は?」
でも、わたしは爽快だった。
身体、仕事、生き方、世界、大切なこと。
これまでは、どうしたら失わずに済むだろうか、とばかりの思考だったのが、
失うもの、手放すものがあれば、新しく得るものがあってもいい。
新しい自分に出逢ってもいい。
杖がマストという新しい人生。
だったら、ふわふわしたワンピースを着て、動かない足をだしても、ハイヒールを履いても、全然いいんじゃないか?
杖を突くことが当たり前になり、亀のようにしか歩けない自分を受け入れられた瞬間、
握りしめた杖を通して、
天の祖父から「よく頑張ったね」……と褒められた気がした。
あれから2年以上が経った。
一度目と同様に、原因不明のまま、徐々に徐々にだが動かなかった甲の部分が動くようになり、
いまは杖をつかずとも歩ける日々を噛みしめている。
もしかしたら三度目があるかもしれない。
だが、二度目ほどの恐れはないだろう。
きっと、杖とワンピースで闊歩する新しい自分を受け入れることができるだろうから。
そして、また大好きな祖父と、杖を通して繋がることができるだろうから。
***
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