メディアグランプリ

ばあちゃんが亡くなった。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:MT(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 

ばあちゃんが亡くなった。
 
亡くなる前日の金曜日、出張が続いた翌日の夕方。長くお世話になっている施設に無理を言って特別に会いに行った。数ヶ月ぶりに会うばあちゃんは、以前会った時よりもずっとずっと痩せていて、ベッドの柵にぶつけた腕のあざが痛々しかった。目は開かないけれど、開きっぱなしの口から漏れる吐息や、喘ぎ声にも聴こえるかすかな声が、まだ命のあることを、けれど、もう元気なばあちゃんとは話ができないんだということを、私の目に静かに伝えてきた。
 
「寝ている間に柵にぶつけてしまうみたいで…。今柵のカバーを手配しているところなんです」
 
施設のスタッフの方が申し訳なさそうに言う。
 
アザだらけで、皮と骨だけに見える腕を、しかし力強く持ち上げて、ばあちゃんは私の手を握る。握る力は思いの外力強くて、食い込む爪の跡が、手の甲に残る。何を思うのか、体は苦しくないのか、私と妹の声は聞こえているのか、いろんな疑問への答えはないけれど、私はそこに、何か意味を見つけようと考える。
 
隣で一緒にベッド脇に腰を落とした妹は、笑いかけながら泣いている。
「ばあちゃん、来たよ。このあいだ持ってきたプリンは食べた?また美味しいもの持ってくるよ」時々差し入れに来ていたらしい妹が声をかける。食べただろうか、食べられなかっただろうか。せめて妹の気持ちが伝わっていたらいい。
 
ばあちゃんは、出かけることが大好きだった。
 
元気な時は札幌、湯布院、淡路島、山口、東京、大阪、色んなところに家族で出かけた。出不精な私や父母と違って、スカイツリーが出来たと聞いては「登ってみたい」と言い、三越に北海道展が来たと出かけては、「本場で食べたいなぁ」と言い、私たちがみんなで遠出するきっかけを作ったのは、ばあちゃんだったと思う。
 
「こんな美味しいもの食べたことないわ」と何回同じところに行っても新鮮に驚き、ケーキを食べても何を食べても「あっさりしていて美味しい」が口癖で、何回同じ言葉を聞いただろう。
 
そうか、もうその声は聞けないな。
 
通夜の夜。葬祭場の控え室で棺を前におりんを鳴らしながら、ビールを開けて口に運ぶ。
一番小さな缶を開けて、両手でぎゅうっと握り込みながら「美味しいなぁ」としみじみ飲んでいたばあちゃんの姿が浮かぶ。
 
「そうやなぁ、美味しいなぁ」
 
そう心の中で呟きながら、私は片手でコップをぐいと煽る。手酌で飲んだ350mlの缶はすぐに空いた。棺の前に空き缶を置いて、またおりんを鳴らす。隣に座る叔母の昔がたりを聞きながら、私の知らないばあちゃんを思う。
 
「辛いことも嫌なことも、色んなことがあったけどな。そのおかげで今の私があるんやから。これで良かったんやと思うんよ」ばあちゃんの娘でもある叔母は、燃え尽きそうな蝋燭を交換し、線香に火をつけながら棺を眺める。
 
眺める視線に映る思い出は、叔母の心の中にだけある。
同じ出来事を、ばあちゃんは叔母とは違う思いでやり過ごしてきたのだろう。
ばあちゃんが、まだ母でしかなかった時の写真を見てみたいと、ふと思った。
 
なんとなく2本目のビールを開ける気になれず、控え室にひいた布団に横たわる。明日には骨になるばあちゃんの顔を眺め、おやすみと伝えて眠りに落ちた。
 
翌朝。棺の前に行ってみると、ひ孫である姪が書いた手紙があった。ゴミ箱には、使い切られたティッシュペーパーが山となって捨てられている。彼女からみたばあちゃんも、やっぱり彼女だけのものだ。
 
告別式には仕事で参加できなかった。「仕事に行っておいでって、ばあちゃんも言うと思うよ」母が言う。私もそう思う。オンラインで研修に登壇しながら、告別式の始まりを思い出す。10時。10時半、11時。もう焼き場に入っただろうか。
 
12時半、仕事に区切りをつけ、焼き場へと急ぐ。お骨上げにギリギリ駆け込み、熱の残る骨を拾う。
 
「これが大腿骨、これが腰の骨。これは肋骨で、ここには肩の関節があります」
 
火葬場の担当者から軽快で分かりやすい説明を聞きながら、最近読んだ火葬場で働く人の体験記を思い出していた。この人から見たばあちゃんは、どんなご遺体だったのだろう。
 
告別式の前。仕事に出かける前に、一人で祭壇の棺に向かった。蓋は閉じられているから、体に触れることはできない。目に映るこの姿は、遺影のばあちゃんとも生前のばあちゃんとも違う、まるで別人だ。
 
「おつかれさま。ゆっくり休んで。気をつけて行きなよ」
 
棺に合掌して、階段を降りて駐車場に向かう。
もう一回引き返してもう一度声をかけた。
 
「ありがとう。またね」
 
今度こそ、車に乗り込んでエンジンを掛けた。
 
私にとってのばあちゃんは、外に出たがりで、美味しいものが大好きで、「あんたにだけやで」とみんなに囁きながら調子のいいことを言う、いつも機嫌の良い人だった。
 
「今日はありがとう。また来てや」そう言いながら、施設の玄関で私たちを見送り、少し涙ぐみながら手を合わせていたばあちゃんの姿が、チクリと心に浮かぶ。
 
ばあちゃん、またね。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2022-06-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事