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11年前のネパールの風が吹いている

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:秋篠奈菜絵(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「ネパールに一人旅に行かせてください!」
 
深々と頭を下げる私の前で困惑した表情の夫。そりゃそうである。私たちは新婚ホヤホヤなうえ、新婚旅行にもまだ行っていない。それなのに、一人でネパールに行きたいと突然言い出した嫁が、この私である。
 
人生初の一人旅は「なかなかこれから行けそうにない国」に行きたいと思っていた。色んな選択肢から、治安が悪すぎず、近すぎず、日本とは全く違う文化の国を探していた。それがネパールだった。
 
渋々背中を押してくれた夫に心から感謝しながら出発した。憧れの海外一人旅。たった2週間だけど、私にとっては大冒険だ。
 
約9時間かけてようやくネパールに着いたのは22時ごろだった。人混みの中なんとかホームステイ先のご主人と会うことができ、車に乗った。真っ暗な中、猛スピードで走る車の中で本当に無事に生きて帰れるかと、急に不安でいっぱいになっていた。
 
次の日、朝日がこぼれる2階の窓から、恐る恐る下を覗いてみた。お坊さんたちが集まってお経のような念仏を唱えていた。旅の疲れもあり、昨日の夜に案内された部屋でぐっすりと寝ていたようだ。一階に行くと、目玉焼きと野菜炒め、厚切りの食パンとミカン、そして大きなカップにたっぷりの温かいチャイが用意されていた。どれも美味しくてホッとする味だった。
 
ホームステイ先の旦那さんと奥さんは、とても優しいお二人で日本語も上手だった。可愛い娘さんも二人いて、仲の良い家族であることはすぐにわかった。旦那さんから「今日はボランティア先の施設に案内するよ」と伝えられた。今回の旅では、何か人の役に立ちたいと思い、ボランティアを希望していたのだ。私が行く施設は、マザーテレサの遺志を引き継いでいる施設で、障害や病気があり、身寄りのないお年寄りがたくさん暮らしている施設だった。
 
ホームステイ先から40分歩いてバス停に向かう。ネパールの人たちはとにかく歩く。目的地まで1、2時間は平気で歩く。歩いていると色んな動物に出会う。犬、猿、牛、ヤギ、にわとり……みんな自由に生きている。子どもたちがキラキラと笑って遊んでいる。私を見ると興味津々で話しかけてきた。
 
「ニーハオ!」
中国の人だと間違えているらしい。私が「こんにちは」と返すと、びっくりした様子で子どもたちが駆け寄ってきた。
 
「ジャパニーズ!? ワオ! リスペクト!!」
 
突然握手を求められた。日本人が珍しいのかな?と驚いていると、
 
「日本人は、すごい。日本で作っているものは壊れない。いつか日本に行って働きたい!」
 
と英語で伝えてくれた。キラキラした目でそう語る人は、一人や二人じゃなかった。子どもも、若者も、小さな子どもをもつ大人も。どうやったら日本に行けるのかを必死で私に尋ねて来る人もいた。私はそのとき初めて自分が日本人であることを自覚した。そして、日本人であることがちょっぴり誇らしく思えた。
 
施設には、100人以上のおじいちゃんおばあちゃんが暮らしていた。暗い部屋の中にびっしりと並んだベット。私たちの仕事は、毎日のベットのシーツ替えと洗濯、ベットの下の床掃除だった。正直とても過酷な仕事だった。食べ物や汚物が混ざって散らばる部屋からは、これまで嗅いだことのない匂いがした。だけど、そこで働く人たちは底無しに明るかった。毎日のようにボランティアに来ているという29歳のネパール人男性のマノスは、リーダーとしてみんなをまとめていた。
 
「ナナエ! ナイス! グッドグッド!」
 
カタコトの英語しか喋れない私に笑顔とジェスチャーで掃除の仕方を優しく教えてくれた。会話が伝わるのが難しい時は、ノートに筆談して話した。発音が伝わらなくても、筆談だったら気持ちが伝わり、嬉しかった。みんな笑顔が素敵で元気で、とても優しい人たちばかりだった。
 
ネパールで驚いたのは、水と電気がとても貴重な資源であるということだ。水はタンクで数日に一度だけ各家庭に運ばれてくる。だから、シャワーも毎日浴びれないし、食器もタンクから出る少しの水で洗った。トイレも当然水洗では無いため、ティッシュは流さずゴミ箱に入れる。計画停電が毎日あり、夜に停電の時はキャンドルナイトを家族で楽しむ。
決して日本のように便利な国ではない。それなのになぜだろう。みんなとても幸せそうだった。
 
「ナマステー」
 
初めて会った人でも、必ず目を合わせて笑顔で挨拶をする。顔の前で両手を合わせて少し会釈をする。その一つ一つの動きがとてもゆっくりで、自然と心が満たされている自分がいた。
 
時間がゆっくり流れていた。みんな一日一日を生きるために生きていた。絵を描いている人、土で陶器を作っている人、ネパールの打楽器マーダルを作って販売している人、バスの運転手、日本語学校の先生、野菜やさん、肉屋さん、魚屋さん、道路で子犬を掲げて売るペットやさん……。
 
一日一日を一生懸命に生きている。そんなあたりまえのことにどうしてこんなにも心が震えるんだろう。そんなの私だって、日本人だって一緒のはずなのに。
 
ネパールを出発する日。色んな場所を案内してくれたマノスが最後に覚えたての日本語で「さようなら」と言ってくれた。飛行機の中で、涙が止まらなかった。まだまだネパールにいたかった。2週間だけでこんなにもこの国が好きになっていた。
 
日本に着いて福岡で電車に乗った時、あまりにも日本の街が綺麗で驚いた。そして一週間に一度のチョロチョロ水のシャワーしか浴びてなかった自分がとんでもなく臭いことに気がついて、穴があったら入りたい気持ちになった。電車の中の人たちが無表情に見える。なんだかみんな忙しそうに生きているように見えた。
 
そのとき私は心底思った。
便利じゃなくてもいい。急がなくてもいい。
一日一日を味わうように生きていきたい。
朝日が上って夕陽が沈む。
毎日は、ただただその繰り返しなのだ。
今、今日を生きている。それだけで尊いんだ。
 
今でもふとした時に聞こえてくる。自分を見失いかけたときに聞こえてくる。
 
「急がず、焦らず、自分らしく生きていこうよ」
 
ネパールの風が今、ここに吹いている。

 
 
 
 
***
 
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2022-07-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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