仏像の推し
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:鈴木 千弥(ライティング・ゼミ4月コース)
「か、可愛いい……」
私は目の前の図録を前にしてつぶやいた。
ふっくらとした子供のような頬に、少し笑みを含んだ口元。綺麗な孤を描く眉に優しい瞳。
『国宝 夢違観音(ゆめちがいかんのん)』に私が落ちた瞬間だった。
出会いは私が大学一年生の時だった。日本史学科に入学した私は、あるサークルの勧誘を受けた。どうやら夏休みに京都と奈良に行けるらしい。修学旅行や家族旅行で京都奈良に行き、神社仏閣の雰囲気が気に入っていた私は即入会することにした。
そのサークルは仏像班、建築班、日本庭園班の3つがあり、好きな班を選ぶことができる。班で研究した実物を、京都や奈良に実際に見に行くとのことだった。仏像の色々な造形を面白いと思っていたこともあり、私は仏像班を選択した。
初回のミーティングでは、日本の各時代の仏像をメンバーに振り分ける。その後各自で振り分けられた仏像についてレジュメを作成し、順番に発表していくゼミスタイルだ。私は当初、派手な色使いの不動明王を何となく選んだのだが、他の人もそれを選んだためじゃんけんをし、負けたため仕方なく残っていたものを選択した。
それが冒頭の夢違観音だったのだ。そしてレジュメの準備で図書館の仏像図鑑を見た瞬間、私の推しは「夢違観音」になる。
夢違観音は、白鳳時代(7世紀後半の大化改新から8世紀初めの平城京遷都までをさす美術史上の時代)を代表する仏像の一つ。今から1300年ほど前に造られた。銅製で高さは87㎝、中は空洞になっていて、頭部には三面に飾りのついた宝冠を付けており、体つきはふっくらとしている。胸元には瓔珞(ようらく)とよばれるネックレスのようなものを付け、着ている衣は薄く作られ、衣紋も美しい。奈良の法隆寺の所蔵である。
像名の「夢違」は、江戸時代に書かれた『古今一陽集』に、「悪い夢を見たとき、この観音像に祈るとよい夢に変えてくれる」とあることに由来している。確かにこの優しく可愛らしい表情を観たら、悪夢など飛んでいきそうだ。
調べれば調べる程、私は夢違観音が好きになっていった。
・好きポイント1:顔
私は面食いである。触ってみたくなる丸みのある、すべすべの頬。アルカイックスマイルを浮かべる口元。弓型の綺麗な眉と目。なんとも言えない可愛らしい童顔である。
仏像は顔が命!
・好きポイント2:時代
作られた7世紀後半の大化改新から8世紀初めの平城京遷都までの時期は、私が好きな時代の一つ。小学校時代に、宝塚歌劇団でこの頃~平城京遷都後を舞台にしたミュージカルを観て以来、大好きなのだ。大化の改新というクーデターあり、皇族貴族同士の陰謀事件あり、海外からの文化の流入ありの混沌とした時代だ。こんな時期を過ごした人々が、実際に見て拝み、色々な願いを込めたのだ。1300年も前の人と同じ仏像を見ている、共有しているという感動。
アイドルの持っていたものを、展示会で見る感覚と同じ様な感じだと言えば伝わるだろうか。
・好きポイント3:いつでも観られる
夢違観音は、法隆寺の宝物を展示している「大宝蔵院」に常設展示されている。特別展などで巡業していない限り、行けばいつでも会えるのだ。
つまり「いつでも会えるアイドル」である。
ミーティングで夢違観音について発表したあと、私はサークルの夏合宿で念願の実物とご対面した。
感動した!
何度も写真で見てきたが、立体の実物を見るのとは全然違う。
仏像は写真や映像だけで見るだけではもったいない。実際に自分の目で観て、自分の好きな角度からの姿を見つけたり、写真や画像では拡大されない細かな個所をじっくり眺めたりするのが良いのだ。もしその仏像がガラスなどで囲まれていない場合は、同じ空気の中に仏像と自分が存在するという特別感も味わえる。
夢違観音が収蔵されている大宝蔵院は、ガラスの展示場所の中に仏像並べて陳列されているのだが、夢違観音は特別に孤立した一つのガラス張りの箱に入っているため、180度鑑賞できる。残念ながら同じ空気の中に自分が入ることはできないが、好きな角度で眺め放題だ。
私はお気に入りの角度を見つけた。真正面より向かって少し左側からの角度の姿である。ふっくらした頬を感じられるし、身体を覆う薄い衣や優美な形の右手や、水瓶を持った左手も立体的に感じられるからだ。
いやー、ひと夏のバイト代をつぎ込んで夏合宿に参加した甲斐があったなあ。
私はガラスの前に張り付いたまま、いつまでも夢違観音を眺めていた。
夢違観音から始まり、私はすっかり仏像にハマってしまった。時代によって変わっていく仏像の造形や美しさ、種類の豊富さ。見ていて飽きない。
そして何よりも、事前にその仏像について調べ、知ってから実物を見ると倍以上に興味深く、面白く感じられることが大きな原動力だった。
サークルのミーティングでは、見に行く仏像の、時代ごとの作られ方や代表的な表現、作られた時代背景なども調べていく。
例えば夢違観音の場合、銅製なので、当時の鋳造法は以下のようになる。
1, 最初に鉄の芯と土で仏像の形を作る。
2, 上から蝋を塗り、仏像の形を整えていく。
3, 2の上から土をかぶせ、外から加熱する。
4, 2の蝋が溶けて空洞になる。
5, 空洞に銅を入れて固める
6, 細かい部分を仕上げて表面を鍍金する。
これを知ると、あのすべすべの頬を作るのにものすごい職人技が必要だということが分かって興味深い。
そして作られた時代は7世紀後半の大化改新から8世紀初めの平城京遷都までの時期で、皇族貴族の間で文化が栄えていた。
この時代は大陸の文化そのままを取り入れたのではなく、段々日本らしさを組み込んでいっているものになる。だからこの時期の仏像には、一つ前の飛鳥時代の仏像よりも、大らかさと柔らかさが表現されているのだ。
私はそんな夢違観音の、日本風を取り入れた姿かたち、表情に惹かれたのかもしれない。
こうして仏像に興味を持ち、好きになった私は、全般的に日本の文化にも興味を持つようになった。そして卒業後も美術館に行ったり、京都奈良へ弾丸日帰り旅行をするようになる。
一体の仏像が私に与えた影響は大きかった。
そのため多くの仏像を知るようになった今も、私の最推しは、夢違観音だ。
仏像というと、堅苦しい、宗教臭いと思う方もいるかと思うが、単純に「可愛い」「カッコイイ」「面白いな」という感覚で観ても良いのではないかと思う。(もちろん信仰の対象でもあるので、鑑賞する際には信仰する方への配慮が必要だ)
日本には多くの仏像があるが、その中で例えば「面白可愛い」系であれば、「興福寺の天燈鬼(てんとうき)、龍燈鬼(りゅうとうき)像」があり、「イケメン」系であれば、「東寺の帝釈天(たいしゃくてん)像」がある。
一度、「推し」を見つけるために仏像を観てみたらどうだろうか? 新しい世界が開かれるかもしれない。
***
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