メディアグランプリ

小説「繁花」を読むと上海人を理解できる理由


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記事:John Ishii(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「大丈夫か、2か月のロックダウンだろ、上海市民は暴動にならないの」
 
東京に住む友人が私にLINEで聞いてきた。
 
私は現在上海に駐在する普通のサラーリーマンだ。上海に来てちょうど丸4年が過ぎた。今年3月末に始まったロックダウンでも上海の自宅で缶詰めになった。
 
友人は私を心配してLINEのメッセージをくれたのだ。私はそれに答えてLINEに送った。
 
「暴動はないよ。上海の人たちは政府の意向にはまず従って、様子を見ながら対応してるから」
 
「そうなのか。もし東京で2か月のロックダウンなら、ネットは荒れて一部は暴徒化するだろうな」
 
友人はそう返信してきた。私も確かにそうだろうなと思う。
 
上海のロックダウンでは抗議や暴動は発生しなかった。しかし、2500万人が2か月も自宅で缶詰めにされたのだ。特に最初の2週間は食料の配給もなく、飢餓の危機にもさらされた。運動不足で髪の毛は伸び放題、政府に従順な上海人でもいい加減にしてくれと嘆くほどだった。
 
とにかく上海人はよく話す。ロックダウン中の多くの上海人たちはSNSのWechatアプリを通じてテキストや音声でひっきりなしに会話していた。楽しいことも辛いこともとにかく知人友人とすぐ分かち合う。
 
情報をひっきりなしにやり取りして、より正確な情報を確認しているとも言える。ロックダウン中はフェイクニュースが飛び交い何を信じていいか分からない。複数の友人と話しながら何が正しい情報を感じ取っている。
 
上海人はどんどん会話して、自らガス抜きをしているのだろう、私はそう思う。政府からのロックダウン指令はある意味絶対だ。庶民は抵抗できないから、自分たちでやるせない気持ちを解消する方法を心得ているのだ。
 
そういうたくましい上海人をもっと知りたいと思い、ロックダウン中に読んだのが翻訳小説の「繁花(はんか)上、下」だ。
 
著者は上海人の金宇澄、繁花は2013年の魯迅文学賞年度小説賞を受賞。著名映画監督のウォン・カーワイが繁花の映像化権を取得し、ウォン監督初めての連続テレビドラマで、現在撮影が完了し放映直前だ。
 
繁花は1960年代から90年代にかけての物語だ。主人公は三人の少年たち。60年代には文化大革命という社会的動乱があり、80年代には改革開放という市場経済化が大きな波で押し寄せた。時代の変化に翻弄されながら、上海人らしく生きていく。
 
この小説はとにかく会話で成り立っている。どれだけ上海人が会話を楽しいでいるか、うまいこと言うのを自慢したいかが、これでもかと描写される。この会話の雨に打たれてほしい。次第に心地よくなることを保証する。
 
そして、どういうことが上海人らしいかなのだが、私が完全同意する点がありそれが小説によく出てくる。
 
それは、上海人が会話の相手から何か聞かれても、はっきりと答えないことだ。著者の金宇澄はこういう答えないやりとりを随所にちりばめている。繁花の冒頭の一言さえこうだ。
 
「神様は何もおっしゃっていない。何もかも自分で決めればいい」
 
この、「何もおっしゃっていない」というのを上海語で「不響」というが、「不響」とはあえてはっきりと答えず、聞いた本人に考えさせ、そして決めさせる意味を含んでいる。
 
確かに、現在の上海人の多くもこういうやりとりをよくする。意見は言うけれど肝心なところは本人に決めさせる。いろいろ言ってあげても要は本人が納得して行動しないとうまくいかないことをよくわかっている。
 
この小説で会話が途切れる時、それは「不響」のことが多い。普段あまりにもよくしゃべる上海人だからこそ、返答せず空白の時間はとても大きな意味を持つ。知りたいことを尋ねた者にとって、空白の時間は「お前、自分で決めればいい」と無言で言われていることにすぐ気づくのだ。
 
そしてもう一つ、繁花では男女の恋愛沙汰があちこちで繰り広げられる点だ。
 
私が勝手に想像していた60-70年代の上海とは、文化大革命で政治活動が多く、男女の恋愛とはほど遠い社会のだと思っていた。ところが繁花を読んでそうではないことに気づく。
 
主人公の三人だけでなく、周りを取り巻く男女もさまざまな恋愛、不倫を展開していく。その情景は社会主義の国といった固定概念には全くあてはまらない、当時の自由な上海の若者たちが飛び跳ねている。
 
ただこの恋愛や不倫は決してなりふりかまわずといったものではない。出会いのチャンスをしっかり見定め、楽しい会話で近づき、男女とも恋愛を楽しもうとする。ちょっと大人な感じの、自由な恋愛の気風が上海にはある。
 
コロナでなかなか海外に行けなくなった今、この本を通じて旅行だけでは分からない上海人の魅力をぜひ感じていただきたい。
 
 
 
 
***

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2022-07-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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