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中年の危機と遠足


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ロビンソン安代(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「明日の遠足楽しみだなあ!」
息子が3年生くらいの時だったか、そう言っていた。
 
そんな事を本当に言う子どもがいるなんて、自分が子育てするまで知らなかった。
というか、私の息子なのにそんなことを言うなんてびっくりした。
私にとって、遠足はかったるい学校行事だった。
 
私は静岡の片田舎で育った。自然豊かなところだ。
35年以上前、私が通っていた学校は1学年6~7クラス、総生徒数は1000人を余裕で超える小学校だった。息子が通った都内の小学校の校庭が2つ入りそうなくらい大きな校庭と、その裏には
アスレチック遊具がたくさんある小高い丘があった。
 
そんな小学校の遠足は肉体派だ。バスや電車は、使わない。
息子が行くような動物園や水族館なんか、行かない。
基本、広大な公立公園に行くだけだ。
 
高学年になると、隣の市にあるアスレチック山、池がある公園(田舎の公園はアスレチック併設多め)
や隣の市との境目にある一級河川に行く。
しかも学校から6人くらいの班ごとに、行く。山を越えて目的地に行くための地図だけ渡されて。
要所・要所には一応先生が立っていて、スタンプをもらいながら目的地へと向かう。
 
それが私たちの遠足だった。
目的地よりも、「歩く」 がメインの遠足。
「遠」 くまで自分の「足」 で行くのだから、字の通り。何も間違っていない。
 
午前中は確かに楽しい。班のメンバーと色んな話をしながら歩き、同じ班の男子達なんか、相変わらずまるで動物園の騒がしいおさるさんのようで、面白い。
チェックポイントで先生から出されるクイズが正解すれば、嬉しい。
 
午前中いっぱい歩くが、楽しいからそれほど負担なく目的地に行ける。
お昼を食べたらやっぱりアスレチックで遊ぶ。結局みんな、アスレチック好きだ。
思いっきり体を使って遊ぶ。
追いかけごっこをしながら山の中を駆け回る。
 
問題はそのあとにやってくる。集合時間になって、先生から帰路へむけた注意を受けて初めて、
まあまあ疲れたこの状態でここから学校まで歩いて帰るのだということを思い出す。
 
「しまった! そのことを忘れていた!!」
 
後の祭りとはこのことを言う。
 
そんなのが私だけでないのは、他の子の顔を見てもよく分かる。皆、アスレチックで遊んでいた時の輝きあふれる笑顔とはまるで別人の、どんより険しい顔になっている。汗だく真っ赤な顔をして。
 
春の遠足でも秋の遠足でも、毎度同じことをやってしまうという進歩の無さ……。
 
行きはよいよい、帰りは……。
 
ここからはオリンピック選手も時折口にする「自分との闘い」  だ。
自分の歩幅は数時間で縮んでしまったのかと思うほど、歩けど歩けど進まない。
学校はおろか、自分の街さえ見えない。遠い先。
 
男子達も滑稽なほど言葉少なげになる。皆「自分との闘い」 で精いっぱいなのだ。
帰りは平地のみで国道に沿って歩く最短ルートにしてくれてあるが、午前中より長く遠く感じる。
 
ああ無情。
 
車道でスイスイ走る自動車やバスの運転手さん、学校まで送ってくれないかな?
仮病を使って、先生に学校まで車で連れてってもらおうかな? と思うも、勇気がなくてそんな
大胆な事はできない。ひたすら歩く。一歩で30センチしか進まないけど、心を無にして左右の足を交互に出す。やっと学校に到着するころには足は棒のようになり、顔からは生気が消える。
 
解散式でおやじギャグをいう学年主任の先生を目いっぱいにらみつけ、学校を後にし、
今度は学校から25分歩く我が家へとこれまた歩いて帰る。
 
家へ帰るまでが遠足……。
ところがこれだけしんどかった後、やっと帰宅した時のあの満足感と開放感といったら、すごい。
心の中でハープの音がポロロロンと聞こえてきて、天使が私の周りをチロチロ飛び回るような
天国のような感じ。母の顔が優しい女神に……は見えなかったが、ごはんを何とか食べてお風呂に使った時なんかは、
 
「うあー――」
とおじいちゃんのような声を出して、極楽の湯を楽しむ。
さらに夜、布団に入った時のあのやり切った感は、自分がまるですごい人になった気分だった。
 
そんなことをもろもろ今、思い出すにつれ、私はふと感じた。
 
人生も遠足だな。
行きはよいよい……。
 
人生の折り返し地点を超えるとしんどくなる。
社会人としての責任も増え、可愛いかったわが子達は難しい年ごろになり、やたらと私に咬みついてくる。私は彼らの咬ませ犬だ。彼らが自我を確立するためとはいえ、咬まれるこちらは痛い。
 
だが、彼らに容赦はない。しかもなかなか筋の通った反論などをしてくるようになり、言い負かされたりして、私の小さな自尊心まで負傷だ。自分の弱さを突き付けられる。
ついでに事あるごとに自分の老いも突き付けられる。白髪、シミ、しわ、たるみ、おなかのぜい肉。
 
たまに、この体力で最後まで行けるのかと不安になったりもする。自分以外と自分を比べては、その性能や馬力、歩幅の違いや背負っている荷物の重さに目が行って、自分で疲れを倍増させたりもする。
 
これが中年の危機か。
 
でも、思い出せば良い。家に着くまでが遠足なように、私たちも寿命が尽きるまでが人生だ。
遠足から家に帰って来た時、その日お風呂に浸かった時、布団に入った時のあの天国のような状況はあながち変な妄想でもないかもしれない。
寿命が尽きるときは、脳内に特殊な物質が放出されてかなりの幸福感に満たされるという。
ならば安心だ。終わりはハッピーだ。それならただ歩みを進めれば良いだけだ。無心に。
 
そしてその道中、どう歩くかも実は自分で選べると最近知った。
疲れているが、笑顔で歩いても良い。辛いから辛いと言いながら歩いても良い。周りの人を笑わせたり、踊りながら歩く人もいるだろう。逆にいつも怒ってばかりで歩く人もいるだろう。人に荷物を持たせるやつもいれば疲れた人の荷物を持ってあげる人もいるだろう。自分次第だ。
 
いろんな出会いや別れもある。歩いている以上、永遠に同じ状況・同じ場所ということはなくすべてが一時的な共存で、移ろっていくから。
今は泥だらけの沼地を歩いていても、少し行けば甘いお菓子にありつくこともあるはずだ。
 
見るものも実は選べる。自分の足元を見ていたらただの灰色コンクリートが永遠に続くだけだが、
自分の意志で顔を上げてみるのだ。右を見たら山、左では大海原がキラキラとたたずんでいるかもしれない。空を見たら目も覚める青さで美しい虹がかかっているかもしれない。
 
なんだ、なーんだ。
あの時は幼くて、余裕がなくてできなかったけど、
周りを見渡しながら歩いていたら、帰路だってきっとそれなりに楽しめた。
 
今現在大人の私なら、できそうだ。今までいろんな経験を重ね、
色々なことはすでに決まっているのではなく、自分で選べることを知ったから。
イエス! できそうな気がするぞ!
そう考えたら歳をとるのも悪くない。良いもんだ。
 
人生はあの時の遠足のよう。
 
そして
中年の私は自分に尋ねた。
 
ここから家までどんなふうに歩いて行こうか?
 
そして笑顔になった。
 
 
 
 
***

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2022-07-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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