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震度6に耐えた家と犬と私、そして母


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:上田聡代(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
2018年6月18日。いつもと変わりのない、慌ただしい朝。
朝食を終えた私は、歯磨きをしながらクローゼットの中から、今日着ていく服を選んでいた。
 
揺れた! と思ったら、立っていられなくなった。歯ブラシを投げ捨て、両手でクローゼットの扉につかまり立っていることしかできなかった。廊下に続くリビングでは、ガシャガシャ! バリーン! という音。
 
愛犬がこっちを見ている。目が合う。今にも走ってきそう。動くと危ない!
「レン! 動いたらダメ!」と大声を出していた。リビングで朝食を食べている途中だった母が、私の声に気づき、「レン、こっちおいで」と、落ち着いた声で優しく呼び寄せ捕まえてくれたことがわかり一安心。
 
揺れがおさまり、私はスリッパを履いてリビングに一目散。震えていた愛犬を抱きしめながら、「こわかったね。かしこかったね。大丈夫よ」と撫でて抱きしめた。私が慰めているようにだが、実際には、私が愛犬の癒しに助けられ、ようやく落ちつけた。
 
「揺れたよな! これ、えらい事やで!」と、部屋の中を見渡した。
「怖かったな。家が崩れなくてよかったな」と言いながらも、笑いを忘れない母。どんな苦境に立たされても、ポジティブさと快活さを失わない母の才能が羨ましかった。心臓が漠々していたが、落ち着いた母がいたおかげで私も笑っていられた。テレビをつけた。地震速報。「7:58頃地震 各地の震度は……高槻市震度6」
 
しばらく放心状態だったが、まずは片付けなければ危険な家の中。78歳の母と持病がある私。力も体力もないが、始めるしかなかった。ウォーターサーバーが倒れたので、リビングの床は水浸しである上に割れた皿の破片が散らばっている。少しずつ、少しずつ、片付けるしかなかった。
 
どれくらい経過してからだったか記憶に残っていないのだが、水が途絶えた。何の疑問もなく、レバーひとつで好きなだけ水が出てくるのが当たり前の世界で育ってき私にとっては一大事。防災リュックと共に2リットルのペットボトル3本の飲料水を緊急用に置いていたが、先が見えないので不安になる。「ウォーターサーバーが倒れていなければ」と、いつものタラレバ……。
 
気を取り直し、「飲み物と軽く食べれるもの、買いに行ってくるわ」と慌てて近所のスーパーへ車を走らせた。到着して唖然となる。飲み物、菓子類、カップラーメンの棚は何も残っていない。見事に商品がないのだ。考えることは皆同じだった。すぐに諦めた私は、少し遠いが大きなスーパーへ向かった。結果は同じだった。仕方なく、残っていた炭酸飲料や牛乳を買って帰ってきた。帰り道に、ほんの少しの希望をもってコンビニへ寄るが全滅。
 
帰宅して、スーパーの様子を母に話ながら……
「なんにもなかった! どうする⁈」と、苛立ち気味の私。
「なんとかなるやろ」と、動揺しない母。
「停電しなくてよかったな。冷蔵庫が切れたら大変やで」と、またまたポジティブ発言。
それを聞くと、仕方がない。乗り切るしかないと思えた。
 
困ったのはトイレだった。水がでないので流すことができないのだ。「ちょっと! おかあさん、トイレどうする⁈」と荒げた声の私に向かって、「おふろの水使いなさい」と返答。
あ、そうだ! 母はいつも風呂釜に半分程の水をためている。残り湯ではなく、新しい水をためているのだ。そのことは知っていたが、訳を聞いたことはなかった。こればかりは感謝だった。バケツに水を汲みトイレ用の水として使用した。
 
翌日には、全国規模で大きなニュースになったので、いろんな方からメッセージが入る。カナダに住んでいる姉から「こっちでもニュースになってるよ。大丈夫?」と電話が入る。詳細に説明する私の話しを聞いてくれる。海外にいる姉が何かをしてくれるわけではない。だけど、ただ話を聞いて共感してくれるだけで、私の心は軽くなった。だから、母がいろんな人と長電話するのも黙って放っておくことにした。
 
ろくなものを口にしていなかったし体は埃だらけで疲労がたまっていた。そこへ、東京に住む高校時代の友人からダンボール箱が届く。高校卒業後、年賀状くらいのやりとりしかしていなかった。開けて驚き。ポカリスエット、ドーナッツなど飲食だけではなく体を拭くおしぼりやお手拭きも入っている。今思い出しても涙が溢れる。早速、体を拭いてさっぱりすると元気がでてきた。翌日には、2リットル入りペットボトルの水が36本も届いた。宅配業者の方にも感謝だ。山口県に住んでいた頃にお世話になった方からだった。胸がジワジワあたたかくなった。
 
片づけが終わり、元の生活を取り戻した! と思ったが、地震の影響は大きかった。和室の壁が崩れ落ちている箇所、ベランダや外壁にヒビが入っていることを見つけて修繕の手配を始めた。しかし業者は見つからなかった。気づけば、周辺の家には屋根にブルーシートが被せられている。どこも修繕が必要なことを理解したので、母と相談して慌てない事にした。
修繕でお世話になっている業者さんが「市役所で罹災証明書だけはもらっといた方がいいですよ」と教えてくれた。何のことかはわからなかったが、もらいに行った。結構面倒だったが、これがあるだけで後の修繕費用の負担が少し楽になったことも学んだ。
 
この夏を境に、元気な母も弱っていった。2年後、ブルーシートの屋根が数えるほどに減った頃に他界した母は、最後までポジティブで明るい人だった。私は今、震度6に耐えた家と犬と共に暮らしている。いつかは母のようになれるのだろうか……。

 
 
 
 
***
 
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