メディアグランプリ

無情にもカーテンは閉められた


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記事:飯髙裕子(ライティング・ゼミNEO)
 
 
「シャーッ」と勢いよくカーテンが閉まりガラス窓の向こうは見えなくなった。
私たちは、突然の出来事にあんぐりと口を開けて、「あっ」という言葉を飲み込んだ。
 
京都に向かう手前の駅で、私は地下鉄に乗り入れる直通電車に乗り換えた。
平日なら、かなり混雑する電車も、土曜日の朝の時間は比較的すいている。
降車駅の出口に近い先頭車両のドアの近くに私は立っていた。
 
私の後から、3歳くらいだろうか? 男の子を連れたおかあさんが乗ってきて運転席が見える等身大の大きなガラス窓の前にベビーカーを停め、男の子と運転席をのぞきこんでいた。
男の子はきっと電車が好きなのだろうなと、思いながら私も運転席のほうを見ていた。
普通なら大人でないと届かない高さの小さな窓しかない運転席の後ろの窓が、この車両は一番右側が上から下まですりガラスで、中の様子がとてもよく見えたのだ。
 
電車が動き出したら、きっと計器類がよく見えるだろうなと、私も少しわくわくしていた。
ところが、電車が発車する直前にその窓にカーテンが勢いよく引かれたのである。
 
「あっ」という言葉を私たち三人は発しなかったけれど、まるで漫画の吹き出しのように目の前の空間に、同じ言葉が同時に描かれたように感じた。
あまりにも突然で、三人とも茫然と空を見つめてしまっていた。
 
男の子のおかあさんと私は、どちらともなく顔を見合わせると、笑いだしてしまった。
突然の出来事に笑うしかないような感情が沸き上がってきたからである。
「せっかく見ようと思ってたのにねぇ」と私たちは同じ言葉を口にした。
けれど男の子にしたら大変なショックだ。
まるで、食べようとしたソフトクリームが床に落ちてしまったような表情をしている。
慌てて私たちは、「窓の外を見たら?」と言ったのだが、この電車は地下に入っていく。
そういった矢先、窓の外は真っ暗になり、地下の暗い壁しか見えなくなった。
万事休すだ。次の駅に停車しても反対側の電車はいなかった。
 
当然男の子は、「見えないー」と言い出した。
そりゃそうだよね。せっかく見ようと思ってた運転席が見えなくなってしまったんだから。ショックに決まっている。
 
電車の運転席は通常カーテンを引かずに空いていることも多い。子供が良くのぞき込んで見ているのを私も見たことがある。計器類は、大人でもちょっと興味をそそられる。
 
しかし、今回は運の悪いことに地下鉄だった。地下鉄の運転席は、客車の電気の光が後方の窓から入って運転席のガラスに反射すると見えにくくなるためにたいていカーテンなどで光をさえぎってしまうのだ。
だから運転席を見ることができない。そんなことは小さな男の子に理解しろと言っても無理な話だ。
 
カーテンの閉まった窓ガラスを手でトントンと叩いてみてもあくはずもない。
 
ぐずぐず言い出した男の子に、おかあさんは慌てる気配もなく、カバンの中から一冊の薄い絵本を取り出した。
 
仕掛け絵本のようである。看護婦さんの格好をした女の子が大きなカバンの中に何やらいろいろな道具を入れている。三匹の動物がそれぞれ自分の症状を訴えると薬やばんそうこう、湿布などを渡せるように小さなパーツがポケットから取り出せるようになっている。
へぇ、よくできているなぁと思いながら見ていると、男の子はそのパーツを取り出しては動物の具合に悪い箇所に貼っている。
男の子は、しばらくその本に夢中になって、運転席のことはちょっとだけ忘れたように見えた。
 
さすが、不測の事態に備える準備は万端だなと昔、自分も子供たちに同じようなことをしていたことを思い出した。
子供にとって、好きなことがうまくいかないのはすごく腹立たしいことに違いない。大人も同じなのだけれど、そんなことを繰り返しながらその気持ちをすり替える方法を見つけていく。
思い通りにならないことはたくさんあるけれど、それをやり過ごす手段はこんな風に日常の中でだんだん身についていくものなのかもしれないと納得する。
 
そうしているうちに、降りる駅が近づいてきた。男の子は、きっとあきらめることはないだろう。次の機会をまた期待するに違いない。
今度は運転席の見える電車に乗れるといいなと自分のことのように思ってしまった。
地下鉄でなければ、その機会はまたきっとやってくるに違いない。
 
そうだ、最後尾の車両は、運転しないので、確か運転席を見ることができるはずだ。
「教えてあげればよかったなぁ」と思いながら思わず私は電車を降りながら振り返った。
 
 
 
 
***
 
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2022-07-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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