メディアグランプリ

湯婆婆に名前をあげますか? あげませんか? ―ゼミ生として最後のこころのメッセージ―


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:平井 理心(ライティング・ゼミ4月コース)

 
 
「課長!」
と、呼ばれているその人は、3月まではちゃんと名前で呼ばれていました。「〇〇さん」って。でも、4月に課長に昇進されてから、まわりの人たちは「課長」と呼んでいます。丁寧な人は「〇〇課長」と呼んでいますが、ほぼ半数は「課長」と呼んでいます。
「課長!」を聞くたびに、「偉くなっちゃうと名前がなくなっちゃうんだ」と、私は、一種の恐怖と哀しみを感じます。名前がなくなるのは嫌です。なんだか組織に没入して、自分の個性を奪われていくようだから。
確かに、アニメ『文豪ストレイドックス』の森鴎外もこんなことを言っていました。「長(おさ)とは、組織の頂点であると同時に、組織全体の奴隷だ」と。「課長!」と呼ばれると、顔を上げその人の話をきく、組織の代表として多くの会議に出席する、夜遅くまで人事について頭を悩ます。そんな長って、本当に組織に尽くす存在なのだと、課長の姿を見て感じました。私のような下級構成員にはわからないご苦労も多々あるのでしょう。本当に頭が下がる思いです。
 
ただ、名前を奪われることは、長だけではないかもしれません。
映画『千と千尋の神隠し』の湯婆婆は、自身が経営する油屋で働く人の名前を取り上げていましたよね。主人公の千尋の場合は、「千尋というのかい?」「贅沢な名だねぇ。今からお前の名前は千だ」というシーンです。
私のまわりでも、特に長というわけでもない職員が、名前を名乗らずお仕事されているのをよく見ます。電話をしても「XX課XX係です」とだけ。ご意見をうかがっても「さぁ、課長は~~と言っていましたから」とおっしゃるだけ。名を名乗らず、自分の意見も言わない方々。湯婆婆に名前を奪われ、というか、自ら名前を捧げて、さらにはカオナシになられたような印象を受けます。
 
お仕事の場だけではありません。
私はこんな体験をしました。
息子が高校に進学したときの話です。入学式の後、教室に保護者が集められました。そこで、担任の先生は、「自己紹介をしてください」と言われたのですが、
「Aの母です。息子は、サッカーが得意で……」
「Bの母です。娘は、3歳のころからバレエをしていて……」
と、保護者の方々は自分の名前は名乗らず、「我が子紹介」をされていました。私は残念な気持ちになりました。私は、〇〇くんのお母さん、△△さんのお父さん、というのではなくて、「その人」のことを知りたかったのです。目の前にいる「その人」に興味がありました。そして、私も「Rくんのお母さん」だけじゃなくて、私自身を知っていただきたいという思いがありました。
 
私の順番が回ってきたとき、ドキドキしました。でも、思い切って言いました。
「Rの母の、平井理心です。私は、普段は臨床心理士として病院で働いています。休日は、読書したり、漫画を読んだりしてぼーっと過ごしています……」
私の後で、ある男性が「自己紹介」をされていました。勤め先と仕事の内容をお話されていました。結局、担任の先生が言った額面通りの「自己紹介」をしたのは、私とその男性だけでした。
 
でも、その保護者会が終わった後、ひとりの女性が話しかけてくれました。「平井さんって、臨床心理士なんだ。どんなお仕事なの?」「どんな本を読んでるの?」って。声を掛けていただき、とてもうれしかったことを覚えています。私自身を見てくれる人がいる、名前を呼んでくれる人がいる、それは、この世の中で私の存在を肯定してくれているような、そんな気がするのです。
 
ただ、自分の名前を社会に出していくことは、非常に危険となる昨今です。私の名前をインターネットで検索すれば、それなりに列挙されます。それが嬉しくもありますが、一方で見知らぬ方がいろいろと私のことをご存知なので、かなり怖い思いをしたことも、正直ありました。夜道に注意しなければならないこともありました。名前を出して生きていくということは、リスクを抱えることなのです。
 
そう思うと、湯婆婆に守られながら生きていくこともいいのかもしれません。湯婆婆の経営する油屋はブラック企業ではありませんでした。休憩時間もあるし、食事もでます。トラブルがおこると、「お客様とて許せぬ!」と言って、湯婆婆が身体をはってくれます。守ってやるから、名前は取り上げるよ、私のいうとおりちゃんと働きな。と、いうことなのでしょう。
 
湯婆婆に名前をあげて、守られながら生きていくか、名前をあげないで、リスクを抱えながら生きていくか。みなさんは、どちらを選びますか?
 
私は後者を選びます。そもそも私は、我が子でさえ「理心」と名前で呼んでもらっています。言い換えれば「お母さん」と呼ばれたことがないのです。
ずっと、自分の名前を名乗り、名乗られ生きてきました。これが私らしい生き方なのだと思います。そして、仕事の上でも、現状、私は組織において下級構成員ですが、万が一、組織の長になったときも、定年まで自分の名前で呼んでもらえるようにみなさんにお願いします。
 
ちなみに、私はライティングゼミ4月コースに所属しています。今回がゼミ生として最後の課題提出となりました。また、機会があればゼミを受講して、投稿の機会を得たいと思っています。ですので、みなさんには「4月ゼミ生だった人」ではなく、名前で憶えていただけるとありがたいのです。私の名前は「平井理心(ひらい・こころ)」と言います。以後、お見知りおきください。

 
 
 
 
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2022-08-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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