メディアグランプリ

青い着物と赤い着物と幸せの宝箱


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:笹尾和代子(ライティング・ゼミ8月コース)
 
 
私は着物がとても好きだ。着ることはもちろん好きだが、眺めているだけでワクワクする。
「こんなに着物が好きなのはなぜだろう? 」と時々考えることがある。洋服のコーディネートを考えるのも好きだから、その延長なのかなとも思うが、洋服の時とは比べ物にならないほどのワクワクなのだ。例えるなら、小学校の遠足前日の時ぐらいウキウキワクワクする。なぜなのだろう?
 
「あっ!」
 
一つの思い出が頭に浮かぶ。
それは、私がまだ幼稚園の年長さんの時だ。お遊戯会で「つんつんつばき」という演目を同じ組の女の子4人で踊った。
「つんつんつばき」は、着物を着て、子供なりに日本舞踊のような振り付けで踊る演目だった。練習ではタオルを着物の袖に見立てて練習し、本番では4人がそれぞれ自分の着物を着て踊る。初めてする踊りの仕草が新鮮で、その時だけちょっとお姉さんになったような気持ちがした。練習は楽しくて、本番が待ち遠しい。
しかし、本番の時、私は緊張と恥ずかしさで楽しむなんてことはできなかった。なぜ恥ずかしかったのか。それは、他の3人は可愛らしい赤い着物を着ていて、私だけ青い着物を着ていたから。
幼心に、「私だけ青いきもの……、恥ずかしいな」と思っていた。お遊戯会を見に来ていたお母さんとお父さんは、「青い着物がよく似合って可愛かったよ」とにこにこしながら私を褒めた。幼稚園の先生も「きれいなお着物ね。踊りもちゃんとできていてよかったよ」と褒めてくれた。本番が終わってもなかなか恥ずかしい気持ちはなくならず、「わたしも赤いきものがよかった」とお母さんに言いながら半べそを搔いていた。
 
この時の青い着物。これが、私が生まれて初めて着た着物だ。真夏の青空のような鮮やかな青色に赤と白の牡丹の花が大きく染められていた。お遊戯会を前に、母が、「かよちゃんに似合うものを!」と、気合を入れて用意してくれたものだ。ただ、母のその思いに気づくのは、もっと後、私が高校生になった頃だった。
青い着物は、少し大きめに仕立てられていた。「つんつんつばき」の時には、お母さんとおばあちゃんが手縫いで着物の袖丈を合わせてくれていた。だから、少しずつ袖丈を調節しながら、その後も私は青い着物を着ることができた。
 
お遊戯会で半べそを掻いていた私だったが、そのあとも「青い着物、きれいね」とたくさんの保護者や先生に声をかけてもらい、「青いきものを着ると、たくさん褒めてもらえる!」と嬉しくなっていた。
 
七歳の七五三参りの時も青い着物を着て、家族と一緒に電車に乗って神社にお参りに行っていた。お母さんの隣に座っていた私は、向かいの座席に座っている同じ年頃の女の子の姿に目を奪われていた。だって、その子は可愛らしい赤い着物を着ていたから。
女の子をじーっと見ながら、「いいな、赤いきもの。かわいいな……。でも、私のも青くてきれいだもん」と考えていた。
そんな私の様子を見ていたのか、不意にお母さんが「かよちゃんも口紅つけてみようか? 今日は特別ね」と言った。赤い着物の女の子は、唇に赤い紅をつけていた。
「くちべに? お母さんがいつもくちにつけてる赤いやつ? つけてもいいのかな?」と思いながらドキドキしていると、お母さんがハンドバックから赤い口紅を出して、指で私の唇にちょんちょんと紅をつけてくれた。
「はじめてのくちべにだ。えへへ、ちょっとお姉さんになったみたいだなぁ」と、少し気恥ずかしいけど嬉しい気持ちを味わった。それからは、赤い着物のことよりも、初めてつけてもらった口紅がとれないようにすることに一生懸命になっていた。
 
青い着物との別れは突然だった。小学5年生になり、急に身長が伸びて、ついに着物の袖丈が足りなくなってしまったのだ。「着物、今年はもう着られないね」と母から言われた時、私はとても悲しかった。そして、何度も「もう一回だけ着たい」と母親にせがみ、手首と足首が丸見えになる姿を見て、ようやく諦めたのだった。それからは、他の着物を着る機会もなく、私は高校生になった。
 
高校生の私は、友達と浴衣で花火大会に行きたくて、母に浴衣を着せてもらっていた。着せてもらいながら、ふと、「小さい頃もこうやって着物を着せてもらってたな。またいつか着物を着たいな」と思った。そして、母に「小さい時の青い着物、好きだったな」とつぶやいていた。母は「ほんと、毎年毎年、お正月の度に着たい着たいって、大変で。あなたには赤よりも青のほうが似合ったから青い着物にしたのよね。おばあちゃんと一緒に袖と丈を縫い上げるのは大変だったけど、奮発して正解だった!」と懐かしそうに話した。
 
その母の言葉を聞いて、もう着ることはないけれど、母と祖母の思いが込められた青い着物のことがますます好きになった。
 
母は私に内緒で私の次の着物を用意してくれていた。その着物を見せてもらった私は、「あ、青色じゃない……。赤い着物だ!」と、一瞬、寂しさ半分嬉しさ半分の複雑な気持ちになってしまった。私はおそらくまた青い着物を選んでくれていると期待したが、母は、幼い頃の私の言葉を覚えていて、今度はきれいなきれいな赤い着物を選んでくれていた。それはまるで、時代劇のお姫様の着物のようで、高校生の私は一目で気に入ってしまった。そして、母が幼い頃の私の言葉と気持ちを忘れずにいてくれたことが嬉しかった。
 
成人式の日、幼い頃から憧れていた赤い着物を着て、私は大人の階段を上りはじめた。
 
今では、着物を着ると自然と普段以上に女性らしい仕草になり、背筋が伸びる感覚がある。その感覚が、ちょっとお姉さんになったような、落ち着いた女性になったようで、幼い頃のワクワクにつながるのだろう。
 
私にとっての着物は、幼い頃からのワクワクと幸せな記憶がたくさんつまった宝箱のような存在なのかもしれない。
 
 
 
 
***
 
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2022-09-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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