メディアグランプリ

ここにいる芸能人は私にドキドキをくれない


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:堤 優衣(ライティング・ゼミ書塾)
 
 
「今日のゲスト、今ドラマに出てる〇〇らしいですよ!」
「そうなの! じゃあお弁当5つでいいかな。好きそうなお菓子、SNSで調べてとくね」
 
一風変わった会話が行われているのは、某テレビ局のアルバイト席である。台本の束や番組で使うフリップなどが机に散らばっており、デスクのわずかな空きスペースに6人がぎゅうぎゅうに集まっている。誰かが台本をコピーしに行く度に、「すみません」と言ってすれ違い、何度か繰り返すうちに、紙束のタワーが崩れてしまった。
 
「そうじゃなくって! あの大人気アイドルの〇〇ですよ! 普通もっと喜ぶでしょう!」
「あぁそういうこと……」
 
もちろん会えるのは嬉しい。彼に会いたいファンは全国に何万人もいることだろう。ファンでもない私がこんなに簡単に会えるなんて、贅沢すぎる話だ。ただ、私はどんなに有名な芸能人でも、ここでは“それ”を実感できないことを知っている。
 
学生時代、同じ学部の先輩に誘われて、テレビ局のアルバイトを始めた。
テレビが好きだったし、せっかく都会の大学に来たのだから、特別なことをしたいと思っていた私には夢のような話だった。どんな仕事内容なのかわからないまま採用され、いざ勤務初日、テレビの向こうにいるはずの人達がすぐ目の前にいる世界に、動揺しっぱなしだった自分を思い出す。
 
もともとミーハーだった私は、毎日、誰が来るのか他の番組の出演者までこっそり調べて、少しでも気になる人がいれば、その姿をひと目見ようと、廊下をうろうろしていた。決して、楽とは言えない仕事だが、こんな特典があるのだから十分頑張れた。
 
しかし、慣れとは恐ろしいものである。
そのことに気づいたのは、あと少しで1年が経とうとしていた時だった。
 
「今日、隣のスタジオに〇〇来るらしいですよ!」
 
聞き覚えのあるセリフを数年前に私も叫んでいた。それは、先輩が長年恋しているというアイドルグループで、たまたま隣のスタジオ番組に出演していることを知った。
 
事前に知っていた先輩は、いつもと少し違うテイストの可愛い服装で、珍しく私よりも先に出勤して、うきうきしていた。仕事だというのに、恋する乙女感が溢れている。
 
「先輩、今日は楽屋周りの仕事をお任せしても良いですか? 他は私がたくさん働きますので! その代わり、私の推しが来たときは協力してくださいね」
 
ちゃっかり裏取引をした上で、もはやアイドルに会うよりも、先輩の反応がこの日一番の楽しみになった私は、先輩同様にうきうきしながら働いた。先輩はというと、楽屋周辺で働きながら、そわそわした様子で、何度も何度も時間を確認していた。
 
そしていざ、夢の対面。
 
そのアイドルは、キラキラの笑顔で挨拶しながらこっちに向かってやってくる。私は、「おぉ、本物だ」と思わず、口に出しそうになった。
 
長年、追い続けていたアイドルが今、先輩の目の前にいる。テレビ番組はもちろん全部録画し、貯金をはたいて、全国のライブに遠征し、グッズは全種類買っていたそうだ。果たして、先輩は、どんな顔をするのだろうか。ワクワクしながら先輩の方に目を向けると、
 
なんと彼女は、真顔だった。
 
2メートル先に、推しがメンバーと笑いながら廊下で話しているというのに、先輩は真顔でそれをチラチラ見ていた。
 
さすが、仕事魂。仕事とプライベートの区別がきっちりしていてすごい。私だったら失神してるかもしれないのに。その後、私も切り替えて、さっきまでアイドルがいたことなんて忘れるほどの忙しさの中、動き回り、ひと段落した頃、先輩に話しかけられた。
 
「なんか、私たち、ここで働くことで何かを失っているよね」
 
あの時の真顔は、仕事魂ではなかった。
先輩は、一般人と芸能人の間にある大きな壁を超えてしまった代償を受けたのである。
 
芸能人とは、テレビの向こう側や舞台ステージの上にいるもので、近くで接することはできない。そんな現実離れした存在が、自分の日常に入ってきたことは、彼女の感覚を麻痺させてしまった。
 
想像していた雰囲気ではなかったとか、私服がダサかったとか、そういうわけではなく、ただ、期待以上のドキドキを感じることができず、その自分にショックを受けてしまったのだという。先輩は、彼らに会った瞬間、「なんだ、普通に人間じゃん」と思ったらしい。
 
そして数年後には私も、先輩の言葉の意味が理解できていた。私は日が経つほどに、ミーハーな自分からかけ離れ、ここには、ただ「お金を稼ぐためのバイト」をしに来ていた。局内で、すれ違ったときに挨拶をして、数分後に、「さっきの人、確か……」といったことが増えていった。
 
「確かに普通は喜ぶよねぇ。まぁ、あんたも、数年したら私みたいになってるから」
 
後輩は、「私ミーハーなので誰でもドキドキしちゃいます~」と言っていた。
 
アルバイトをやめて数年が経つ今、私の日常に現れていた彼らは、テレビの向こう側にいる。あの時、本当はすごい時間だったんだなと今になってようやく気づく。夢のような出来事に正直、実感は湧いていない。
 
もうすぐ、私の推しのライブツアーが始まる。アリーナのチケットが取れなかったので、米粒ほどにしか見えない距離だろう。それでも私は、遠くにいる推しを前に、幸せいっぱいの笑顔で楽しめるのだと思うと、既にドキドキでいっぱいだった。
 
 
 
 
***
 
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2022-09-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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