メディアグランプリ

本当に倒したかった相手


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記事:藪野智彦(ライティングゼミ・8月コース)
 
 
無意識に放った白い包みがその素早い何かを包み込んだ。この何かを握りつぶそうか、はたまた中身を外へ放り出すか悩ましい。急に巡ってきたチャンスに驚きを隠せない。この一か月の間、黒い何かを捕らえるえることだけを目標に過ごしていた。ここで強く握れば目標は達せられる。しかし、ここで終わらせてしまうということは楽しかった時間をも握り潰すということでもある。どうしようもない葛藤が手のひらの上で繰り広げられていた。
 
暑くて暑くてたまらない。もう9月なのにいつまで8月気分でいるつもりなのか。腹が立って仕方ない。そんな季節のことであった。
 
陽のあたる道をひたすら歩いてようやく冷房の効いた涼しい部屋にたどり着いた。通勤中に湧き出た汗を抑えたい一心でペットボトルの半分を一気に飲む。ひと呼吸置きたくて口からペットボトル離すと、結露で溜まった水滴は表面をつたって下に落ちる。直下には新品のパソコンがあった。濡れるのを防ごうと手を振り下ろすと地面から影が現れた。その線は円を描き上昇し目線の高さまで来ると下がり始め机の隅で止まった。なんとも目障りなハエであった。無意識に右手で潰しかかったが振り上げたときには元の場所にはいなかった。そのおかげで少し冷静になった。
 
いくらハエを潰すと言っても、蚊と異なり見た目はそこそこ大きい。倒した後のことを考えたら手に跡がつくことは避けたい。ハエが逃げないように慎重にティッシュ箱から引き出す。小さな風すら立てないようにゆっくりと動く。
半分ほど引き出したところで、急にハエがそっぽを向いた。チャンスを逃すまいと残りを一気に引き抜く。準備は整った。ターゲットはこちらを向いていない。今こそしばき倒す。叩く際に出来るだけ風が起きないようにティッシュ4つ折にし準備を整えた。
右手を軽く振り上げると黒い点が消えていた。あたりを探すも姿が見えない。戻ってきた時のため右手にはティッシュを備えていた。
就業時間が迫っていたためパソコンを開き、準備を始める。パスワードを5桁ほど打ち込んだ際にまたもや姿があらわれた。しかし、モニターの隅、叩けないだろうと言わんばかりの位置取りされ膠着状態が続いた。位置を変えようと手で軽く払うと右端から左端へ。さらに払うと今度はモニターとキーボードの間にずれる。舐めているとしか思えない。殺意が増すばかりで一向に倒せず、就業のチャイムが鳴り戦いは幕を下ろしその場を後にした。
 
2、3日経った後、またもやハエは現れた。前回のやつと同じかどうかなんて関係ない。あの鬱陶しさが沸き上がり再度勝負を挑む。前回の戦闘の際に用意していた。ティッシュを手に勢いよく叩くも上司の痛い視線が向くばかりの虚しい音であった。
 
こんな日々が週に3回、とうとう2週間目に差し掛かったときのことである。リモートの部内会議があり、全員がモニターにくぎ付けだったのをいいことに私はウトウトしていた。終盤に差し掛かると半分船をこぎかけていた。早く終わらないかと適当に聴き流していた。
「うお、ハエだ」
その声に思わず驚き、目が覚めた。画面を見ると、会議は終わっており徐々にリモート会議の出席者がログアウトしていた。60人の参加者が10人にまで減っていた。すかさず、私は退席ボタンを押し上司にバレずに済んだのだ。
声の主である同期にはお礼を直接伝え、心の中でハエにお礼を言いその日は自由に飛ばせることにした。
それ以来、毎回飛んでくると勝負は挑むが正直潰す気は全然なかった。中々倒せないのあったが、それ以前に前回のことで割と恩を感じていたからである。
そのため、ハエが来た時に食べているお菓子に止まったさいにはその部分だけとって、ティッシュの上に置おき、帰るときに残りを捨てていた。
 
その翌週のことであった。
 
何やらいつもと風貌が異なるハエがやって来た。以前まではしっかりと黒だったのがやや茶色っぽくなっていた。見た目は何となく老けているようにも思えた。
今日も暇つぶし相手が来てくれたか。いつものハエかなと戯れにさっき引き出したばかりのティッシュを放り投げた。こちらを向いているし、どうせ避けるだろう。そう思っていたのもつかの間まったく避ける動作がなく包まれていった。
 
私は愕きを隠せなかった。あれだけ遊んでいた者がこうもあっさりと捕らえられるのかと。さらには、選択を迫られていた。ここで目的を果たすのか。それとも逃がして楽しいひと時をつづけるのか。ただ、いつもと違うハエだったのかもしれないが同じように思えてしかたなかった。死期を悟ってここに来たのかと。都合のいい解釈かもしれないが私には感じられた。
 
結局、私はその手で命を終わらせた。
 
のちにハエの寿命を調べると種類にもよるが一か月ほどであったと知った。出会った頃が2週間目くらいなら丁度寿命を迎える時期であったのかもしれない。
 
殺意がないときに限って倒せてしまうのは何とも皮肉がかってると心底感じるできごとであった。
本当に倒したいなら、倒そうと思ってはいけないのかもしれない。
 
 
 
 
***
 
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2022-10-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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