メディアグランプリ

ある日、ボストンで


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:スズキ ヤスヒロ(ライティングライブ東京会場)
 
 
大学院に入ったばかりの夏休み、アメリカのボストンで開催された国際学会に出席した。
国際学会とはいっても、華々しく大会議場で発表できるわけもなく、教室ぐらいの大きさの部屋に、机が2列ならんでいる。聴衆は自分を入れても10人ぐらいだ。

参加者は研究者で、みなTシャツにジーンズのような地味な格好だ。
左の列の一番前に、クリーム色に落ち着いたオレンジのストライプがはいった、ドレスを着たアジア系の美女がいる。そして誰よりも、一生懸命に講演に耳を傾けノートをとっている。

学部の頃にオレゴンに短期留学した。その時、派手なパーティードレスを着て、講義をうけている女子学生を見かけていたので、特に気に留めることもなかった。

自分の番になり、自分の研究の発表をはじめた。
このために、1週間かけて準備し、飛行機のなかで一睡もせずスライドを調整し、徹夜で発表練習をしてきた。

「どなたか、ご質問やコメントはありませんか?」
発表が終わり、司会が聴衆に声をかける。

『さあ、質問来い!』
パラパラと座っている聴衆を見渡すが、みな下を向いている。

結局、誰も質問してくれなかった。

研究発表の成否は、質問の数で決まる。
『俺の発表、ウケなかったなぁ…… 残念。ま、仕方ないか』

ほどなく、全員の発表が終わり、資料をバックに詰めて部屋を出た。

『とりあえず、終わったぁ!』

発表は失敗だったけど、それまでずっと気を張っていたので解放感に包まれる。
トボトボ歩いていると、後ろから声をかけられた。

「ちょっと、質問があるのですが、よろしいですか?」
振り返ると、さっき部屋にいたアジア系美女だ。

「もちろん!」

よかった。少なくとも1人は、興味を持ってくれた。質問をきっかけに話していると、彼女が、私でも名前を知っているような、著名な美術大学の学生であることがわかった。

「なぜ、美大に在籍しているのに、サイエンスの学会に来ているのですか?」

「私の学校ではサイエンスの授業もあって、化学実験もやるんです。子供の頃から、グラフィックアートの訓練ばかりされてきたけど、大学に入ってサイエンスにとても興味が湧いてきて……」

彼女は韓国からの留学生だった。

「私は、小さい頃にグラフィックアーティストになれ! と親に決められて、母親からスパルタで訓練されてきたのです。家でも学校でも、何でもかんでも競争で、いつもすごいストレスを感じていました」。

努力の甲斐あって、彼女はソウルの有名な美術大学を卒業している。

「それなりに有名な美大を出たのですが、仕事がなくて……。やっとありつけた仕事は、アニメの動画制作の仕事でした。同時にいくつもの作品を担当させられ、上司からのプレッシャーが激烈で…… 本当に大変でした」

韓流のアイドルのような顔立ちと、ファッションモデルのようなスタイルをした彼女の目の奥が、キラリと光った。

「それで私、自分のなかで、韓国を抜け出すことを決心したんです。絶対に、世界一の美術大学に合格してやるっ! そのためには、どうしたらいいかを、じっくり考えました。そして、5年かけて準備しました」

アメリカの美術大学への入学は、ポートフォリオとよばれる作品集が合否の決め手となる。

「キツい仕事をなんとかこなしながら、5年かけて、作品を準備しポートフォリオを完成させていきました。そして、5年後、なんとか合格して、あの地獄のような日々から抜け出すことができたんです……」

彼女の生き様の、迫力と覚悟に圧倒された。

私は『会社員になるのは嫌だなぁ……』と思い、あまり深く考えずに大学院に進学した。大学院を卒業した後のことなど、ほとんど考えていなかった。

『自分で人生を切り開いていくって、こういうことなんだ』

翌日。彼女がボストン市内を案内してくれることになった。ビザの取得のため、アメリカの歴史を勉強しなければならなかった彼女は、なんでもよく知っていた。

「ボストン・コモン」とよばれる、全米最古の公園に行った時、開拓者の壁画の横を通った。

「ここが開拓者のイギリス人が、北米大陸に初めて上陸した地点です。つまり、この場所から、ネイティブアメリカンの大量虐殺をはじめたことになるわね」

彼女の突然の言葉に、驚いた。

「え? 大量虐殺?」

私が驚いた顔をしているのを見て、

「あ、でも昔のことよ。でも、事実なの。だからといって、アメリカを嫌いにならないでね」

この彼女の言葉に、また驚いた。
彼女を言葉をつないだ。

「昔起きたことを、私たちが消すことはできないじゃない? でも、未来は私たちがつくれる。未来は私たちが変えることができる。そう思わない?」

彼女は、自分の過去を受け入れて、着実に未来を変える努力をして、アメリカでキャリアをつくっている。
「過去は変えれない、でも、未来は自分で変えられる」

なにか辛いことがあったとき、いつも、この時の彼女の言葉を思い出す。

 
 
 
 
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2022-10-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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