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会社のリモート飲み会でパラパラを披露した話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:井上遥(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
忘れもしない、2020年夏の出来事である。
 
ことの発端はベテラン社員Aさんとの雑談であった。
「今度、会社の人を30人くらい集めてリモート飲み会やるんだけど、そこで自作のラップを披露しようと思うんだよね」
多々ツッコミどころのある話だが、私はすんなりと受け入れた。Aさんは社内の人気者であり、とても多趣味な方で休日は作曲活動もされている。そんなAさんなら30人くらい人を集めるのも、ラップを自作することも容易だろう。
「最近、パラパラにハマってるんでしょ? それを撮影して飲み会で流そうよ。僕もラップを録音して流すからさ」
当時、私は某テレビ番組の影響でパラパラ(ダンス)にハマっていた。ハマっているからといってそれを見てもらいたいかどうかは別の話だと思うが、私は「せっかく練習したんだから、誰かに見てもらいたい! あわよくば『動き、キレッキレじゃ〜ん』『真顔で踊ってるの面白〜い』って褒めてほしい!!」という欲求を胸の内に熱くたぎらせていた。つまり、Aさんの狙い通りだったのだ。
「ぜひ、お願いします!」
かくしてパラパラの練習と撮影に奮闘する日々が始まった。人は目標があると頑張れる生き物のようで、気づけば3本のパラパラ動画が出来上がっていたのである。
 
 
迎えたリモート飲み会当日。
部署や年次を問わず多くの社員が参加しており、なかなかの盛り上がりを見せていた。そして2時間ほど経過した頃、「ねえねえ、そろそろアレ、見たいんだけど!」というAさんの一言で私は準備を始めた。おや、何か始まるみたいだぞ。あぁ、Aさんたちが何か用意してるって言ってたっけ。参加者の注目が自然と私に集まっていく。
 
「それでは皆様、ご覧ください!」
Zoomの画面共有機能を使い、私は意気揚々と1本目の動画を再生した。
 
 
違和感にはすぐ気がついた。再生後に「おぉ?」や「あれ……?」といった声が小さく聞こえてくるのである。おかしい。思っていた反応と違う。
すると誰かが言った。
 
「音が流れてないです」
 
ゾクリと背筋が凍る。どうやら設定を誤ったらしい。となると、今自分は成人男性が無音で体をピコピコ動かしている様子を垂れ流していたことになる。見る側からしたら不気味以外の何者でもない。
 
しかし、ここで私はめげなかった(これを書いている今、「めげろよ!」と深く思う)。まだ私のパラパラストックは2本もあるのだ。ここから巻き返せばいい。「あーすいません、次のはちゃんと音も出るんで!」そう言いながら入念にZoomの設定をチェックする。やはり音声を流すためのチェックボタンが外れていたようだ。再設定し、「今度こそ、ご覧ください!」と再生する。
 
 
数十秒後、待っていたのは静寂だった。
 
おかしい。また音が流れなかったのか? 「あーすいません、また音出てなかったですかね?」「音は流れてました」流れていたらしい。動画に問題はないようだ。
 
ということは……。まさか……。
 
 
スベッ……………た……………?
 
 
「あーもう1本ありますんで! これが最後になります!」
 
止まれない。止まれないのだ。ここまできたらやり切るしかない。いや、意外と3本全部見終えたところでみんな感想言ってくれるんじゃないか? その瞬間、みんなの溢れんばかりの笑顔が画面いっぱいに広がるんじゃないか!? きっとそうだ!!! いや、そうに違いない!!!!!
 
「いっきまあああす!」
奇しくも私の雄叫びは、死地へ赴くアムロ・レイと全く同じものであった。
 
 
数十秒後、待っていたのは静寂だった。
数分ぶり二度目である。
 
動画再生中の感覚は凄まじいものだった。時間がゆっっっくりと流れ、体のあちこちから嫌な汗が染み出すのを感じ、指先から体温が失われていくのがはっきりと分かった。スポーツ選手は超集中状態になるとボールや相手の動きがスローモーションに見えるという。いわゆる「ゾーン」と呼ばれる状態だ。その時の私はまさに「ゾーン」状態だった。人はスベり過ぎると「ゾーン」に入るのだということは今回の経験からの数少ない、そして今後一生役に立つことのない学びである。
 
「あの」
 
ハッとした。誰かが発言しようとしている。画面を見ると、私の上司が何とも言えない表情を浮かべながら言った。
 
 
「……何がしたいの?」
 
 
その瞬間、私は思った。
 
ーー私は、何が、したいんだろう……?
 
 
断っておくが、私の上司は入社以来ずっと面倒を見てくださっている大恩人である。大変温厚な方で、私のようなヒヨッ子社員とも気さくに話をしてくれる。素晴らしい人格者であり、社内外からの人望も厚い。
 
その方からの「何がしたいの?」である。
 
一瞬で目が覚めた。正気に戻った、という表現はまさにこのためにあったと言っても過言ではない。画面を見ると、動画の私は謎のポーズをとったまま静止している。何だコイツ。瞬時に画面共有をオフにした私は「うへへへへへへ」と場をつなげるためだけの笑いを狂ったように続けながら、脳をフル回転させてどうすべきか考えていた。
 
そして、天啓が降りる。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜そうだァ!!!!!」
閃いたのである。この状況を打破する一手を。
 
「Aさん! Aさんも何か、用意してきたんですよね!?!?!」
 
そう、Aさんに矛先を向けたのである。
読者の皆様、私を許してほしい。私は弱い人間です。保身のために先輩を売るような人間です。しかし私は必死だった。なんと思われようと構わない。とにかくこの空気をどうにかしないと私に明日はやってこない。というか明日を迎える前にベランダから身を投げかねない!
 
「Aさん! Aさん!?!?!」
 
しかし、必死に呼びかけるがAさんからは何の反応もない。
 
「Aさん?!? 聞こえてますか!!? 応答してください!!!!!」
 
リモート飲み会とは何だったのか。もはや必死の救助活動である。救助者はAさん、要救助者はもちろん私だ。参加者たちが私の挙動に完全に引いているのが画面越しにも伝わってくる。
 
その時、ピコンという通知音とともにチャット欄にメッセージが投下された。
差出人はAさん。
その内容に、私は戦慄することになる。
 
 
『なんか、PCの調子が悪くて、再生できないっぽい。ゴメン! <(_ _)>』
 
『あと、そろそろ子どもを寝かしつけないとだから、お先に失礼します! (^O^)』
 
 
あ、逃げた。
 
『Aさんが退出しました』という通知を眺めながら、私はぼんやりと思ったのだった。
 
 
 
幸いにも(?)、その後リモート飲み会は再び盛り上がりを見せ、終了予定時間を大幅にオーバーするほどの盛況ぶりだったとのことだ。「とのことだ」と伝聞調なのには理由がある。その後のリモート飲み会の記憶があやふやなのだ。パラパラ動画の大スベりによりメンタルをやられ、茫然自失の状態でただ人の話をニコニコと聞くだけのマシンと化した私は、途中で退席するタイミングを見失い、結局お開きになるまで一言も声を発さず、終了した途端に泥のように眠ったのだった。
 
その後もしばしばリモート飲み会は開催されている。
しかし恐ろしいのは、誰一人として当時の「パラパラ大スベり事件」のことを口にしないことである。
やはり、他人は自分が思うほど自分の失態を覚えていないということなのであろう。
 
あまりにも酷いスベりっぷりだったから誰も触れないようにしている、というわけではないことを、ただただ祈るばかりである。
 
 
 
 
***
 
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2022-10-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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