メディアグランプリ

手術室看護師、ゴールできるのはいつなのか!?


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:笹尾和代子(ライティング・ゼミ8月コース)
 
 
看護師として働き始めて3年半、私は内科病棟から手術室に異動となった。
やっと看護師として一人前になりつつあった時期での異動は、まるで、ゴール寸前でのサイコロゲームで「振り出しに戻る」になってしまったかのようである。
 
手術室は手術を行う場所であり、外科治療の中心だ。
内科病棟勤務で外科治療とは縁遠い環境にいた私にとっては、未知の世界に踏み込むようだった。
ただ、自分が希望した異動だったから、嫌な気持ちはなく、ドキドキワクワクしていた。
 
手術室勤務の初日。
新しい師長さんに紹介されて新しい同僚の方々に挨拶をした後、手術室の中を案内してもらった。
そこは、私が想像していたような空間ではなかった。
廊下も手術室の部屋の中もきれいに整理整頓されていて、静かな空間なのかなと思っていたが、実際は、廊下にいくつもの医療機器が置かれ、看護師がパタパタと忙しそうに駆け回り、なかなか賑やかな空間だった。
「想像と全然違う……。私、やっていけるかな……」
 
その不安は的中した。
次の日、実際の手術を見学させてもらったが、展開が早すぎて看護師が何をしているのかさっぱり分からないのだ……。
「次、○○するから、(必要な)物どこ?」
「今日は、△△使うから準備しといて」
次々に医師から看護師に声がかかるが、看護師は余裕でその声に応えていく。
「○○の物はここですよ。△△、準備できてます。先生、手術の体勢、整えていきましょう」
 
「ひぇ~。このスピードについていけるかな……。それに、病棟での経験はあまり活かせそうにないし、また一から勉強だ」
そう、まさに振り出しに戻ったのだ。
 
先輩と一緒に患者さんを担当しながら、麻酔やいくつもの手術の体勢のとりかた、医療機器の種類と使い方などなど、初めての経験を一通り終えた頃、次の関門がやってきた。
今までは、外回り介助といって、患者さんに寄り添い、手術が安全に行える環境を整える役割だった。
次の関門とは、器械出し介助。
そう、ドラマとかで医師役が「メス!」と言って、「はい」とメスを渡す役割をしている看護師のことだ。
 
ついに来た!
器械出し介助、早くしてみたかったんだ。
少しワクワクしながら、予習をし、先輩の器械出し介助を間近で見学する。
一番器具の数が少ない手術でも15種類ほどの手術器具があり、手術の進行に合わせて器具を準備し、医師に渡していく。
器械ってこんなにあるの? これとこれ似てるけどどう違うの? 覚えられるかな? ちゃんと渡せるかな? できるかな?
見学して得たものは、ワクワクよりも新たな不安だった……。
一つずつ器具の種類と使い方の違いを覚え、渡し方のコツなどを先輩から教えてもらう。
手術室にある器具や物品の数は数えきれないほどある、数百種類はあるかもしれない。
「記憶力がまだしっかりしている20代のうちに異動してきて正解だったかも。覚えること多すぎだよ……。」
そして、手術の進行を理解できるようにするには、解剖学の知識も深めなければならない。
「もっと解剖をしっかり勉強しなきゃついていけない。解剖の本、買おう」
本屋さんの医学書籍のコーナーで新書サイズのコンパクトな解剖書をゲットし、通勤の合間などにも眺め、しばらくは解剖書が愛読書となった。
きっと、通りすがりの人には驚かれていたかもしれない。
見ているページには、臓器や筋肉、血管の様子がリアルに描かれているのだから。
その成果か、徐々に手術中に医師達がしている会話の内容や手術操作をしている場所がどこなのか見分けることができるようになってきた。
「今、この血管を操作しているから、次に必要なものはこれかな? あっ、当たってた! 嬉しい!」
と、一人で脳内クイズをしながら器械出しの楽しさを感じられるまでになった。
 
そんな日々を送りながら、担当する手術も、婦人科・外科領域から耳鼻科や泌尿器科整形外科に広がっていく。
各診療科独自の器械や手術方法もその都度学びながら、すごろくのコマを進めるように約2年半が過ぎた頃、最大の難関が立ちはだかる。
それは、心臓血管外科の手術だ。
 
心臓、それは人の身体で最も重要な臓器の一つだ。
「ついに心臓の手術かぁ……。心臓の動きを止めたりするんだよね、ちょっと怖いなぁ」
そう、手術の方法によっては心臓と全身の血液の巡りを一時的に止めて行うものもある。
これまでよりももっと正確で迅速な対応を求められる。
「大動脈遮断するよ。人工心肺スタート」
それまでドクンドクンと動いていた心臓がゆっくりと動きを弱め、トクントクンとなり動きを止めて、人工心肺という大きな器械にその役目を一時的に預けていく。
心臓止まったから、次はこれとこれ。その次はこれで、使う糸はこれでしょ。その次の次はこれが要るし……。と2歩先3歩先を予想しながら、同時に医師に器械を渡していく。
「じゃあ、(大動脈の)遮断解除するよ」
じっと止まっていた心臓がトクットクッと少しずつ動き始め、トクントクン、ドクッドクッ、ドクンドクンと本来の役目を思い出すかのように力強くなっていく。
ちゃんと動き出してくれた。よかったぁ。
それまで緊張感の漂っていた手術室内の空気が少し和む瞬間だ。
こうして無事に最大の難関を乗り越え、全科の手術に対応できるようになった。
 
手術室に異動して4年が経った頃、
「△△するけど、物は?」
「今日は、□□も使うけど、準備しといて」
「△△の物は、近くに準備してありますよ。□□も準備してます。患者さん、肩が痛いので、腕の姿勢を少し変えてもいいですか?」
余裕で医師の声に応えながら、医師と患者さんの希望を叶えられる私がいた。
 
そして、翌年、新人看護師の育成に携わり、私は一人前の手術室看護師というゴールにたどり着いた。
 
 
 
 
***
 
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2022-12-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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