里山という大海原を漂った5年間
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記事:Keita Hosoya(ライティング・ゼミ12月コース)
絵にかいたような限界集落に移住してから、早5年の月日が経とうとしている。人気テレビ番組の「ポツンと一軒家」でも取り上げられそうな山間の集落での暮らしは、都会暮らしに慣れきっていた私にとっては、ある日突然大海原を航海しはじめたようなものだ。
日々畑を荒らしにやってくる猿・鹿・熊などの獣たちとの闘い、大雨が降れば土砂崩れに怯え、極寒の冬は家に閉じこもってひたすら寒さを耐え忍ぶ。一方で、天気のいい日には集落総出で道路端の草を刈り、水路に詰まった泥を地道にさらっていく。そんな集落の営みは、大海原を漂い運命を共にしているクルー達とまったく似ている、とふと思った。
この5年間で、私の感受性に最も響いた経験は狩猟であった。かつての私もそうであったように、都会的な感覚では、動物を殺生することに躊躇いがある人は多い。しかし農村では、獣は田畑を荒らす明確な敵である。殺生に心を痛める田舎の人も決して少なくはないが、皆、必要性のためにその葛藤は越えていく。供養塔などの心の鎮め方は抑えつつも、殺生という国境を越えていくことは誰も躊躇わない。
思えば、動物達に悪意がある訳ではない。彼等もまた、生きるために必死であり、山に食べ物が少なくなれば里に下りてくる。里の田畑で実る農作物を獣たちが嗅ぎつけた時、彼等がその農作物にどれだけの手間暇がかかったか等を忖度するはずもない。生きるために食べる。動物たちはシンプルな行動原理で生きている。
人々も必死である。米であれば半年、野菜も長いものでは半年以上の時間と手間暇をかけてやっと食べ物になるものだ。それを可哀想という理由だけでみすみす黙って奪われるはずもない。電気の柵を設置したり、罠を設置したり、あの手この手で農作物のディフェンスを試みる。人々も生きるために必死だ。人間たちもシンプルな行動原理で生きている。
食べ物を作る。その苦労を知ったこととは別に、ある時こんな感覚に襲われた。罠にかかった鹿を殺生し、食べられる部分の肉の一部をとり、その遺体を相棒と二人で山に捨てていった時のことだ。そこまではごく普通の事なのだが、その後家に戻り、山の中に罠に使った道具を置き忘れていたことに気づく。しまった。もう少しで夕暮れというタイミング。ただ今日を逃すと借り物の道具を無くしてしまいかもしれないと恐れた私は、急いで山へ一人戻ることにした。
幸い、道具はすぐに見つかった。しかし日暮は迫っていた。落としてしまったのだろう、斜面に転がっていた道具を拾いながら、私は何か不穏な気配を感じた。半径数km内に人間は私しかいないだろうその山の空間が、人間の時間から自然の時間に移り変わっていくまさにその瞬間を感じた。最近、飢えた熊が人里に下りてきて、人を襲ったというニュースを見たばかりだった。
背中で気配がして咄嗟に振り返った。そこには何もいなかった。が、周囲が薄暗くなり、常に何かが自分を見ている気がした。山の中に無数の目があるような気がした。私はそそくさと道具を集め、逃げるように車に乗り込んだ。不安を打ち消すように車のライトをハイビームにして山を下りた。
あの時私が感じたことは、人間は自然界の一部で生かせてもらっているということだった。動物達が人間の世界に足を踏み入れ過ぎれば、殺生という報いを受ける。逆に、人間達が動物達の世界に足を踏み入れ過ぎれば、人間もまた殺生されても何もおかしくはない。それは、とてもフェアなことかもしれない、とすら私は思った。自然界と人間界の境界である山村集落では、様々なことを私に教えてくれる。
山村集落での暮らしは、大海原を航海しているようなものだ。共に生きる集落の人々は、航海を共にするクルーのようなものでもある。自然という摩訶不思議なものと対面しながら、自然に翻弄されながらも、山菜にキノコにジビエと、恵みにもありつける。時には自然の恐ろしさに触れ、震えあがることもある。航海はまだまだ始まったばかり。次はどんな学びが待っているのだろうか。
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